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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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 走りながら僕は久留島大佐を撃った弾丸を知覚した時のことを思い出していた。
 G28、満州、復讐、尊厳、尊属殺。
 尊厳と尊属殺の関連性が気になる。
 尊属殺とは父母や祖父母を殺害することを言う。それがどうして尊厳に関わるのだろうか。一連の事件の犯人が日沢繭子という少女だとしたら、彼女は一体なにを想っているのか、僕にはまだ分からなかった。
 銃を持った犯人と素手で対峙することになる。
 そう思うと膝が震えてきて、上手く走ることができない。
 でも僕は、同じように生まれてきた同年齢の少女にこれ以上、罪を重ねて欲しくなかった。
 不意に学生の叫びが聞こえてきた。
 見れば、細長い教育研究棟をすり抜けて、G28を携えた少女が通りに出ようとしていた。
 水色に染められたジャケットは女真族の民族衣装のよう。下は卵色のプリーツスカートに黒色のニーソックスを穿く。色の合わせ方が大陸風だった。ボブカットの黒髪が風になびく。
 この少女が日沢繭子か。
 日沢繭子は出くわした学生を撃たず、無言のまま棟と棟の間を駆け抜けてゆく。
 僕は建物の陰から小石を投げた。
 狙い通り、小石は放物線を描いて日沢繭子の背後に落ちた。
 日沢繭子は鋭い反応を見せ、振り返ってG28をかまえた。
 誰もいないことに日沢繭子は戸惑った様子を見せる。
 今だ。
 僕は物陰から走り出して日沢繭子に飛びかかった。
 僕らは揉み合いながら石畳の上に倒れる。
 この近距離ではG28は使えない。
 G28を奪えば日沢繭子の戦力は大幅に低下するはず。
 そう思ってG28を奪おうとする。
 しかし日沢繭子は細身に似合わない強い力で僕を蹴り飛ばした。
 G28を奪うことに失敗した僕の前で日沢繭子は悠然と立ち上がる。銃口がぴたりと僕を捉えていた。
 しかし日沢繭子は撃たなかった。
「貴方は誰?」
 繊細で澄み切ったソプラノ。明るい響きと柔らかな声音は兵士には似つかわしくない可憐さがあった。
 僕は日沢繭子を刺激しないようにゆっくり立ち上がる。
「僕は菊池勇希。君と同じ病院で産まれた子供の一人だよ」
 ぴくり、とG28の銃身が揺れる。
 G28を突き付けられながら僕は言い募った。
「君は日沢繭子さんだね。ニコさんが心配していたよ」
「それは……」
 夜の空色にも似た瞳が陰る。
 誰かに心配されるということに慣れていない一匹の狼のような眼差しだった。
 しかし狼は飢えているのかもしれない。
 人の温もりに。
「本当だよ。ニコさんは僕たちに君を保護して欲しいって依頼したんだ。その気持ちは君に命を狙われたあとも変わっていない」
 銃身がまた揺れた。
 やはり日沢繭子には人の言葉の真偽が分かるらしい。
 僕と同じように仕組まれた子供である日沢繭子にはそんな能力が宿ったのだろう。
「僕は君を保護するために来たんだ」
「銃を持たない貴方になにができるの?」
「僕は言葉で君を撃つ」
 僕には武器なんてなにもないけれど、自然計数を知覚することによって、加害者や被害者の気持ちを読み取ることができる。
 そして僕には言葉があって、目の前には一人の少女が立つ。
 だとしたら誠心誠意、語り尽くすだけだ。
「久留島大佐に復讐したいなら待って欲しい。僕や僕の仲間がきっと久留島大佐に然るべき罰を下す。君が手を汚さなくてもいいんだ。ニコさんは言っていた。君には兵器としてじゃなくて、人間らしい暮らしをして欲しいって」
「人間らしい暮らしなんて、私にできるはずがない」
 私は人を殺めることしかできないのだから。
 そんな日沢繭子の心の呟きが漏れたかのようだった。
「でも心の底では望んでいるはずだ。君が戦うのは尊厳を取り戻すためじゃないのか? 奪われた尊厳を取り戻すことができたら君はなにがしたい?」
 日沢繭子は周囲に目をやる。
 反戦を謳うことさえできる自由の学び舎を。
「私は……」
 銃身はいつしか地面を向いていた。
 その時、僕の背後で砂利が鳴った。
「勇希君! 離れて!」
 現れたのは大尉さんだった。
 大尉さんの出現に日沢繭子は弾かれたように反応し、G28を構える。
 自分に銃を向けられて大尉さんも拳銃を突き付けた。
 大尉さんと日沢繭子が対峙する。
 どちらが発砲してもおかしくない。
 大尉さんが銃を向けなければ日沢繭子を説得することができたと思うのは甘い観測かもしれない。大尉さんの対応は常識的に見て正しい。大尉さんは誰かに嫌われたり、誰かに傷つけられたりすることを恐れない人だ。
 大尉さんが日沢繭子に銃を向けたのは僕を守るためだ。
 それでも僕は日沢繭子の前に立ち塞がった。
「やめるんだ」
「退いて」
「退かないよ」
 銃身が小刻みに震えている。
「私は兄弟姉妹を撃ちたくない!」
 夜の空色にも似た瞳は曇っていた。
 今にも雨が降り出しそう。
「その優しさを他の人にも向けて欲しいんだ。悩みや迷いこそ、人間らしさの証だよ。君が尊厳を取り戻したいのであれば、自分の迷いに従うべきだ」
 悩んだり迷ったり。
 僕ら人間は弱い存在だ。
 その弱さこそ、僕らが人間だという確かな証左。
「ああぁあ!」
 銃声。
 日沢繭子は天に向けてG28を放った。誰を傷つけることもない銃弾が確かに天を貫く。今まで日沢繭子は銃弾で自己表現をするしかなかったのかもしれない。そのような環境に日沢繭子はいた。
 しかし、これからは違う生き方を見つけなければならない。
 例えば、お国に逆らう若者たちのように。
 自由故に過つこともあるかもしれない。
 自由故に学ぶこともあるかもしれない。
 どちらも自由であればこそ可能なことだ。
 日沢繭子にどんな未来が待っているのかは分からない。しかし今、日沢繭子の放った銃声は生まれ出でる痛みを覚えた産声のように聞こえた。
 日沢繭子の目からぽろぽろと涙が零れてゆく。
 その新たな門出を祝いたい。



 僕は大尉さんに日沢繭子を預け、サヨイと二人だけの時間を持った。
 サヨイがなにか言いたそうな顔で両手をぎゅっと握り合わせていたからだ。今そんなことをしている余裕はないのかもしれない。しかし僕はサヨイに対して、いつだって真剣でありたかった。
 僕とサヨイは、赤門から二号館に続く並木道に設けられたベンチに隣り合って座る。
 銃撃があったことで大学は騒然としていた。
 サヨイは視線を膝に落とし、なにも話そうとしない。
 仕方なく僕の方から話し出す。
「心配かけてごめんね」
「……」
「でも僕は戦わなくちゃいけないんだ」
「戦う?」
 とサヨイが顔を上げた。
 僕を心配してくれる真剣な面差し。
 そうだよ、と僕はうなずいた。
「僕たちはお国の都合によって生み出された。久留島大佐はそんな僕らにとって父親に等しいと思う。良い父親ではないけどね。久留島大佐の罪を暴かないと、僕らは尊厳を取り戻せないんだ。日沢繭子が久留島大佐を撃ったのは、きっとそういう気持ちがあるからなんだと思う」
「だからって……人を撃つことはいけないことよ。私は貴方にそんなことをして欲しくない」
「もちろん僕はそんなことしないよ」
 でも、と僕は続けた。
「僕は僕なりの方法で久留島大佐と対決しなくちゃ」
「……」