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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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『貴方もなにか悩んでいるの?』
「母との関係に悩んでいます」
『お母さんはどんな人?』
「とても綺麗で優しくて。僕にとって大切な人です」
『じゃあ、なにが不満なの』
 う、とキーボードを打つ僕の手が止まった。
 思わずサヨイの位置を確かめる。
 サヨイは台所で夕食を作っているところだった。
 僕はこんな風に答えた。
「母は僕の世話をしていれば幸せみたいなんです。でも母は若いし、自分の人生を見つけてもいいと思います。僕は母にもっと自分を大切にして欲しいです」
『貴方、マザコンね』
 思わずコーヒーを噴きそうになった。
 マザコンという僕も言葉は知っている。主に、母親に強い愛着を持つ男性のことを指す。しかし、サヨイとの関係をマザコンと言われるのは甚だ遺憾だった。そう言えば、季紗さんが僕のことをマザコンと語っていた。まったく、どうかしてる。
 G28のアイコンが点滅し、文字列が次々と表示される。
『私にはお母さんはいなかったわ。私にとって母と呼べるのは黒田清隆だけ』
 黒田清隆というのは女性なのか。
 僕は会話の流れを途切れさせないように水を向ける。
「黒田清隆とはどんな話をするんですか?」
『尊属殺について。子供にとって親とは乗り越えなければならない壁のようなもの。だとしたら子供が大人になるためには尊属殺は避けては通れない問題じゃないかって』
 僕は確信を深めた。
 やはりG28という人物は久留島大佐を撃った狙撃手なのかもしれない。
「ここを利用する人たちは直接会ったりしないんですか? G28さんは黒田清隆と会ったことがありますか?」
『そういう質問には答えたくないわ。ところで貴方、嘘を吐いているでしょう』
「どういう意味ですか?」
『私は嘘を吐かれると分かるの。貴方はお母さんとの関係に悩んでなんかいない。私、嘘吐きは嫌いだわ』
 そう告げてG28は電子の海に消えて行った。
 折角の手がかりだったのに。
 それにしても何故、僕が嘘を吐いていたことが分かったのだろう?



 次の日になって大尉さんに連絡を取ろうとしたところ知能電話が電文が届いたことを知らせた。
 見ると、精神科医のニコさんからの電文だった。
『久しぶりだね、探偵君。電文を送る。君が最近取り込んでいる事柄について私から話したいことがある。正午、大学の研究室に来てくれないか?』
 僕が最近取り組んでいる事柄。
 それは久留島大佐たちが仕組まれた子供たちを生み出していることについてだろうか。
 もしくは久留島大佐の命を狙った狙撃手についてだろうか。
 この時期に呼び出すというのは呼吸が合い過ぎているように思える。ニコさんはなにを話そうというのだろう。
 僕は大尉さんに連絡を取った。
 部下に取り次いでもらって大尉さんにニコさんからの電文について話す。
「――という電文が来ました。あまりにも呼吸が合い過ぎていて疑わしく思えます」
『同感ですね』
「ところで久留島大佐の容体はどうですか?」
『運がいいのか悪いのか。九死に一生を得たそうですよ。しかし目覚めた久留島大佐は密かに自分の息のかかった憲兵たちを動かしているようです。事態は一刻を争いますよ。ニコ女史に話を聞く暇があるかどうか……』
 大尉さんの言いたいことは分かる。
 しかし僕は確かめずにはいられなかった。
「僕一人でもニコさんに会いに行きます」
『そこまで言うなら私も同伴しましょう。私もニコ女史がなにを話そうとしているか興味がありますしね。少し待っていてください。車で迎えに行きます』
 大尉さんとの電話を終えると、サヨイが僕の背中に声を投げかけた。
「出かけるの?」
「うん。ニコさんという人のことを昔、話したよね。警視庁でよく同席する人なんだけど、その人が僕と話がしたいって言うんだ。大尉さんと一緒に会いに行ってくるよ」
「私も一緒に行くわ」
「でも……」
「私にできることはないのかもしれない。でも私は貴方の母親なのよ。病み上がりの貴方を一人では行かせたくない」
 サヨイの気遣いが嬉しかった。
 僕たちは迎えに来た大尉さんたちの車でニコさんが勤める東京帝大に向かう。
 特徴的な赤門を過ぎて、学生たちに混じって構内を歩く。憲兵である大尉さんが一緒にいるせいか、僕たちはひどく目立った。不躾な視線が学生たちの間から浴びせられる。
 越南戦争において、当時の学生たちは反戦運動の先頭に立ったという。東京帝大の学生たちも例外ではない。日本の空気が変わったのはこの頃だという指摘がある。それくらい大きなうねりが当時起きたのだろう。あの時代の余熱は今も学生たちに宿っているのかもしれない。
 学生たちからの刺々しい視線を浴びながら大尉さんは平然とした様子だった。
 僕とサヨイ、そして大尉さんはニコさんの研究室を訪ねた。
 ファイルなどの種類が雑然と積まれた室内で、主たるニコさんは丈の長い白衣を着て、悠然と葉巻をくゆらせていた。天井扇の起こす緩やかな風に乗って、紫煙がくすむ。窓からは柔らかな午後の日差しが差し込んでいる。
 ニコさんは机から立ち上がって僕たちを出迎えた。
「よく来たね、探偵君」
「用件はなんでしょう?」
「刺されたそうだね。傷の具合はどうだい?」
 ニコさんは珍しく僕の具合を心配する。
 捜査会議においていつも対立する僕とニコさんだったから、その言葉はどこか違和感があった。純粋に心配しているとは思えない。
 僕はまだ痛む背中を伸ばして虚勢を張った。
「この通り大丈夫です」
「それは結構。ところで、この軍人さんは?」
 ニコさんは憲兵である大尉さんに目を向けた。
 大尉さんがいると話し辛いのだろうか。
 大尉さんが優雅な仕草で敬礼する。
「私はハッカと申します。憲兵大尉を務めています。今回、ある事件の捜査について勇希君に協力をお願いしています」
「なるほど。で、そちらのお嬢さんは?」
 次にニコさんが気にしたのはサヨイについてだった。
 サヨイは丁寧に頭を下げる。黒絹のような髪が零れ、衣擦れのような音を立てた。
「サヨイと言います。勇希の母です」
「母? それにしては随分若いが?」
「私は自動人形です」
「なるほど、なるほど」
 ニコさんは妙に納得した様子で椅子に座った。
 対する僕らは立ったまま。
 それでもニコさんは僕らにソファを勧めるようなことはしない。
 ニコさんが冴え返った声で語り始める。
「久留島大佐が撃たれたと聞いてね。この事件について私から話したいことがある」
「なんでしょう?」と僕。
「犯人について私が知っていることを教えよう。その代わりお願いしたいことがある。つまり交換条件だ」
「それはお願いの内容によります」
 無理難題を吹っ掛けられてはかなわない。
 なるほどなるほど、とニコさんは可笑しそうに繰り返した。
「ではお願いについて話そう。犯人を殺さず、また軍に引き渡すことなく、確実に保護して欲しい」
 奇妙なことをニコさんは言った。
 まるで犯人について格別の感情を抱いているような。
 僕たちが顔を見合わせている間、ニコさんはマッチで新しい葉巻に火を点けた。
 僕は代表して語った。