不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器
大尉さんは花束を僕に手渡して話し続ける。
「サヨイさん。あの手紙のことは話しましたか?」
「ああ、そうだ」
とサヨイは一通の封筒を取り出した。
「小照さんからよ」
「小照さんが?」
小照さんが僕に手紙を送るというのはどうしたことだろう。
僕は花束をサヨイに渡し、代わりに手紙を受け取った。
綺麗な女文字が踊っている。
『菊池勇希様。貴方は私の罪を暴きましたが、私だけが悪いわけではございません。私はインターネットで花魁のことを相談していました。黒ノ子供会という場所です。そこで私は黒田清隆(くろだきよたか)という人物から花魁を害することで愛を全うするように誘われたのです。その言葉は不思議と私の心に沁み、事件に至ったのでございます。私は黒田清隆がにくうございます。黒田清隆の甘言さえなければ私はこんなところに閉じ込められることはなかったのです。私が罰を受けているのですから、黒田清隆も罰を受けなければ片手落ちというもの。どうか黒田清隆に然るべき報いを与えてくださいませ』
恨み言が連なっていた。
黒ノ子供会?
黒田清隆?
訳が分からなかった。黒田清隆と言えば、第二代総理大臣のことだ。しかし、すでに亡くなっている。
僕はこの場で知能電話を使って黒ノ子供会のことを検索してみた。
赤と黒で彩られたホームページが目に飛び込む。
そこに表示された文字に目を奪われる。
――我々子供たちは久留島大佐に天誅を下す。
◆
その日のうちに無理を言って退院した僕は久留島邸を訪ねることにした。
サヨイはどうしてもついてゆくと言って聞かなかった。
仕方なく僕は大尉さんにお願いしてサヨイも連れて行った。
久留島大佐は正門のところで部下たちを従えて、車に乗り込もうとしていた。僕は大尉さんを促して声をかけた。
「先日は失礼しました。折り入ってお話があります」
「インターネットでの悪戯のことかね?」
久留島大佐は部下たちを手で制しながら答える。
すでに久留島大佐は黒ノ子供会というサイトのことを知っていた。ならば話が早い。
「久留島大佐殿。この時期にああいう予告がなされたのを冗談と切って捨てるのは危険です。久留島大佐殿は越権行為のために軍法会議を控えているのでしょう? それまで自宅に留まってはどうでしょう? その間に僕が事件性を確かめます」
久留島大佐は一顧だにしなかった。
あまつさえ鼻で笑う始末。
「あのような悪戯に一々怯えていては軍人は務まらない」
そう答えて久留島大佐は車に乗り込もうとする。
僕は久留島大佐を呼び止めようと一歩踏み込む。
その時だった。
鼓膜が破れるのではないかと思うほどの衝撃波を伴って、なにかが鋭く僕の耳元をかすめる。
その飛翔物によって久留島大佐は弾き飛ばされた。
次いで銃声が響き渡った。
部下たちが倒れ伏した久留島大佐に駆け寄る。
「狙撃?」
見れば、数百メートル離れたビルの屋上に少女の姿があった。
少女が伏射の姿勢から立ち上がると、卵色のスカートが目にも鮮やかにはためく。
一体、何者か。
小銃を携えた少女はゆっくりと後退り、屋上から立ち去った。
「サヨイはここで待っていて!」
僕はサヨイをこの場に残し、大尉さんやその部下を伴ってビルに向かった。
そこにはもう少女の姿はなく、空薬莢が転がっていた。
僕はハンカチ越しに空薬莢を拾う。
途端、自然計数が押し寄せてくる。
――G28、満州、復讐、尊厳、尊属殺。
そんな情報が読み取れた。
頭がフラフラする。
犯人に由来すると思しき負の想念が僕を圧倒する。
「勇希君、大丈夫ですか?」
「ええ……なんとか」
僕は大尉さんにそう答えたが、実際は大丈夫ではなかった。
最近、自然計数はより具体性を伴って僕に押し寄せるようになっている。そこから立ち直るための時間も取られるようになった。
一体どういうことだろう。
いや、それは今はどうでも良いことだ。
僕はビルの屋上に吹き付ける強い風を浴びながら話し出した。
「G28という情報が読み取れました。おそらくDMRのG28ではないかと思います」
DMR――デジグネイテッド・マークスマン・ライフルは、最低でも五〇〇メートルの有効射程を持ち、スコープなどの光学照準器を装備可能で、セミオート射撃を可能とする。分類としては狙撃銃に含まれるが、純然たる狙撃兵が持つ狙撃銃とは性質が違う。
G28とは独逸で開発されたDMRで、高精度の競技用銃身を採用したことを特徴とする。使用するのは軍用として一般的な七・六二ミリ弾だ。ちなみに満州国に駐留する関東軍でも採用されている。
「――以上のことから満州国の人間が復讐のために日本に来たことが想像できます」
と僕は大尉さんに説明した。
ふむ、と大尉さんは考え込む。
「久留島大佐は満州国に足繁く渡っていたようですから、犯人の動機はそのあたりかもしれませんね。現段階では推測の域を出ませんが」
「久留島大佐が満州国でなにをしていたのか調べてもらえませんか?」
「了解しました。勇希君、顔色が悪いですよ。休んだ方がいい」
「しかし……」
「サヨイさんに心配を掛けさせてはいけませんよ」
「分かりました」
僕はあとのことを大尉さんに任せ、サヨイを伴って一旦自宅に戻ることにした。
心配しているのかサヨイはぴったり僕に寄り添う。
家に戻ったが、なにもしないのは気が引けて、黒ノ子供会のサイトを閲覧することにする。
そこには様々な相談が持ちかけられていた。相談は両親や友達との関係に悩むものが多く、おそらく相談者たちは子供なのだろうと察せられた。
どうやら黒田清隆というのは主催者らしく、相談に対して的確に答えていた。
僕は黒田清隆と連絡が取りたくて電文を送ってみた。
『初めまして。僕は母との関係に戸惑っています。僕と母は血が繋がっておらず、母はまるで僕の恋人であるかのように振舞うことがあります。若い母がそんな風に振舞うと、僕も悪い気がしません。ですが、このままではいけないと思うのです。どうすれば良いか解決策を教えてください――きー君』
真偽の混じり合った内容だが、別にかまわないだろう。
返信を待つ間、僕は談話室に入ってみることにした。
「誰もいないか……」
しばらく来訪を待っていた。
するとG28という人物が談話室に入ってきた。
G28。
久留島大佐を撃った狙撃手が使ったと思しき狙撃銃の名前か?
まず探りを入れてみることにしよう。
「こんにちは」
『こんにちは』
「G28さんはここによく来るんですか?」
僕はG28の反応を待った。
その間にサヨイがコーヒーを淹れてくれた。
僕がコーヒーをすすっていると、G28のアイコンがくるりと回転し、文字列が踊った。
『私は最近、ここに来るようになった。古株じゃないけど、今は常連かな』
「ここにはどんな人が来るんですか?」
『ひきこもりの子とか、華族女学校の子とか、あと花魁の子とか……。あ、花魁じゃなくて、花魁になる予定の子だったかな』
G28の語る子供たちというのは、僕が関わってきた子たちのことかもしれない。彼らはこんな形で繋がっていたのか。
作品名:不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器 作家名:阿木直哉