小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

INDEX|22ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 

「お兄ちゃんとしおんは同じ病院で産まれた兄妹のような関係です。この前、運命的な再会を果たしました。お兄ちゃんを一目見て、しおんにとって特別な人だって分かりました。お兄ちゃんとしおんの邪魔をしないでください」
 この子、頭がおかしい。
 私はナースコールのボタンを押そうとした。
 しかし少女は素早くボタンを奪い取る。
「貴方こそ、お兄ちゃんのなんなんですか?」
「私はこの子の母親よ」
「嘘です。母親にしては若過ぎるじゃないですか。はっきり痴女だって認めたらどうですか」
 痴女に痴女呼ばわりされるなんて。
 私の心中は複雑だった。
 噛んで含めるように私は少女に語った。
「私は一〇年、この子の母親として一緒に過ごしてきたの。血は繋がってないかもしれないけど、私たちは母子よ。母親として子供にひどいことをされるのを黙って見ていられないわ。警察には言わないであげるから、すぐに出て行きなさい」
 これだけ言えば分かってもらえるだろう。
「もしかしてお兄ちゃんを狙っているんですか? 母子相姦なんていけないと思います」
「……」
 私は異文化の人間と話しているのだろうか。
 言葉が通じているのに分かってもらえないというのは実に苛立つ。
 何一つ私の言いたいことが伝わらないのはどういうことなのか。
 しかし、これだけ騒いでいるのに勇希は目を覚まそうとしない。
 ぐったりとした感じで眠り込んでいる。
 少女は勇希について、こんなことを言い出した。
「お兄ちゃんは今、本当の自分と会っているのだと思います」
「……どういうこと?」
「私たち『不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器』は子供の頃に人間らしい生活を送れるように人工的な人格が与えられています。大人になってゆくにつれて本来の人格と混ざり合って、やがて兵士としての準備が整うのです。お兄ちゃんは刺されることによって、本当の自分が動き出したのだと思います。今はどちらが主導権を握るか争っているのです」
 不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器?
 この子は一体なにを言っているの?
 そこへ見知った刑事さんがやってきた。
「おや、お母さん。お戻りになられたんですね」
 刑事さんが事情を説明する。
 この少女は勇希に救われて警察に保護されているのだとか。しかし勇希が刺されたと聞いて見舞いに行きたいと少女は頼み込んだらしい。私が席を外しているところにやってきた少女は、勇希と二人きりになりたいと言い出し、今に至る。
 私は少女を連れ帰るように刑事さんにお願いした。
 ようやく勇希と二人きりになれた。
 勇希の寝顔を見ながら思うことがある。
 この子は私の子供。
 兵器なんかじゃない。

■第三幕:黒ノ子供会

 どこまでも続く白い砂漠を僕は当てもなく歩いていた。地平線は霞み、果てを見ることはできない。
 ここがどこなのか僕には皆目見当がつかなかった。
 風が吹き付けてきて、さらさらと音を立てて砂の上を滑る。
 あたりには火薬のような匂いが漂っていた。
 もしかしてここは月なのか?
 日本、米国、旧ソ連の三国が月への有人飛行を目指して競争していた時代がある。先駆けて有人飛行を果たした日本の宇宙飛行士は、船外活動で付着した月の土について、火薬のような匂いがしたと語っている。
 だが見上げても、澄んだ青空が広がるばかりで、水を湛えた青い星は見えない。
 ぱきり、と不意に足元で音が立った。
 見れば、骨を踏み砕いていたのだった。大きさは人間の大腿骨ほど。
 まさか。
 僕は周囲に首を巡らす。
 この砂漠の砂は、細かく砕かれた人骨なのか。
 不意に突風が煽る。
 視界が晴れた時、僕は遠くに人の輪郭を認めた。
 僕は砂に足を取られながら懸命に走る。
 人の輪郭はやがて確かな形を取ってゆく。
 ある予感が僕を急かす。
 僕は立っていた小柄な人物と対面した。
 そこに立っていたのは幼い姿をした僕自身だった。
 幼い僕が穏やかに語りかける。
「ここで会うのは初めてだね」
「君は誰?」
「僕は君だよ」
 その言葉に僕は納得してしまった。
 ここでは嘘を吐くことができない。
 そんな確信がある。
「正確には君こそ僕なんだと言うことかな」
 と幼い姿を取った僕自身が滔々と語る。
「今までご苦労様。人間の振りをするのは大変だったろうね」
「人間の振り?」
 この子はなにを言っているんだ?
 幼い僕はなおも語る。
「君は『不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器』としてお父さんに開発された仮面なんだよ。君がこれまで人間らしくあろうとしたのは開発された時の初期設定を守っていたに過ぎない。でも、もう疲れたんじゃないかな? もう人間の振りをしなくてもいいよ」
 僕はこれまでサヨイの息子として相応しい男になろうと努力してきた。
 その気持ちに嘘はない。
 それなのに幼い僕はこんなことを言う。無邪気な笑みを湛えて。
「サヨイなんていう死体を母親だと認識している時点でおかしいんだって気付かない?」
 その言葉に僕はかあっと熱くなった。
 思わず叫んでいた。
「サヨイは僕の母親だ! 小さい頃から僕を大事にしてくれた!」
「それは彼女が母親だと設定されているからだとは思わない?」
「違う!」
 思い出されるのはこれまで共に過ごした日々。
 いつだってサヨイは僕を大切にしてくれた。
 本当の親子として僕らは同じ時間を共にしてきた。
 それなのにサヨイが僕を大切にし来たのが自動人形に設定された感情に由来するなんて思いたくない。
「僕はサヨイの愛情を肌で感じてきた! 誰にも否定させない!」
「彼女のことを愛しているとでも?」
「愛してる!」
 僕は世界に向けて宣言した。
 サヨイを愛している。
 誰よりも、なによりも大切な存在だ。
 例え僕が人間の振りをしているのだとしてもこの気持ちは真実だった。
 誰にも否定させない。
 しばしの沈黙ののち、幼い僕は言い捨てた。
「そう。それならしばらく体は君に預けたままにしておくよ。精々、家族ごっこを楽しむんだね。でも覚えておくといい。君が世界に絶望した時、僕は再び現れる」
 瞬間、砂漠に舞う風が僕の意識を攫う。
 そして僕はベッドで覚醒していた。
 柔らかな日差しが窓から差し込む。
 見渡せば、ベッドの傍らにサヨイが寄り添っていた。サヨイはベッドにもたれて眠っており、長い黒髪をシーツの上に散らす。少し憔悴した様子が見受けられた。
 僕は上半身を起こし、サヨイの髪を撫でた。
 黒絹のようなしっとりした手触りが懐かしい。
 僕は現実に帰ってきた。
「ん……」
 サヨイは吐息を漏らし、緩やかに覚醒する。
 僕を認めたサヨイの目がたちまち潤む。
 ぽろぽろと涙が零れてゆく。
 僕は涙を指の腹でぬぐってあげた。
「サヨイ……ごめんね、心配かけて」
「うん……うん……」
 サヨイは感情に翻弄されて上手く気持ちを言葉にできないようだった。
 そこへ花束を持った大尉さんが入ってきた。
 大尉さんは柔和に微笑む。
「良かった。目が覚めたんですね。勇希君、貴方は一週間も眠っていたんですよ」
「一週間も?」
「傷はそれほど深くなかったそうなんですけどね。一体どういうことなんでしょうね」
 先ほど見ていた夢の話は何故かできなかった。