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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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「まあまあ、お母さん。その辺で勘弁してあげてください。勇希君も致命傷ではなかったわけですし」
 致命傷ではない。
 そう、勇希は致命傷ではないと担当官さんは言った。
 ということは勇希は助かったんだ。
 私はハッカさんと担当官さんを置いて、医師に確かめに行った。
 集中治療室の前で医師は私に説明する。
「幸い、傷口は深くありませんでした。今は眠っているだけです。明日には一般病棟に移れますよ」
「そうですか……」
 ガラス越しに勇希の様子を見る。
 勇希は穏やかに眠っているらしかった。心電図が規則正しく波を描く。
 ほっと息を吐いた。
 神様は私の願いを聞き届けてくれた。勇希のいない生活なんて想像できない。
 私は勇希の目覚めを待つことにした。
 私にできることはないのかもしれないけど、今は勇希が目覚めた時に傍にいてあげたい。
 長椅子に座り、時間が過ぎるのを待つ。
 どれくらい時間が経っただろう。
 次第に寒気を覚えてきた。
 こつこつ、とブーツが床を叩く音が近付いてきたのはそんな時だった。
 顔を上げると、すぐ傍に季紗さんが立っていた。
 緩やかに波打つ長い銀髪。頭には花飾りの付いたカチューシャを付けている。半ば閉じられた眼は眠たげだったが、姿勢よく立つ姿には眠気は感じられない。季紗さんはいつもこんな眼差しでいる。
 季紗さんは私に問いかけてきた。
「きくちんは無事?」
「大丈夫みたい。今は眠っているけど」
「私はハッカに言われて来たの」
「ハッカさんに?」
 そう言えばハッカさんはどこへ行ってしまったのだろう。さっきは激情に任せて酷いことを言ってしまった。あとで謝らないと。
「サヨイ」
 と季紗さんは思わぬことを言い出した。
「今夜はどうするの?」
「え? 私はここで――」
「今夜の温もりをどうするのかって言ってるの。自動人形は人の温もりがないと止まってしまうんでしょ? 私は看護婦だから自動人形にも理解があるつもり」
 そうだった。
 私は勇希のことで頭が一杯で自分のことをすっかり忘れていた。自動人形は熱を失うと機能が停止する。そうなってしまったら再び目覚めた時に初期化され、これまでの記憶を全て忘れてしまう。もし勇希との日々の彩りを失ってしまったら、私は灰色に塗りつぶされたも同然だ。
 季紗は無言のまま私の隣に座る。
 ぴったり寄せられた体から仄かに花の匂いがした。
 季紗さんが抑揚のない調子で尋ねてくる。
「ねえ。人間と人形って家族になれるの?」
「そうね……」
 私はこれまで共に歩んだ日々について思いを馳せた。
 一〇年間、ずっと一緒にいた。
 幼く可愛らしかった勇希。
 大人になろうとしている勇希。
 私は変化してゆく勇希を変わらず愛し続けている。
「一緒の時間を過ごして、お互いのことを大切に想っていれば、それはもう家族と言っていいと思う。私はお腹を痛めたわけじゃないけど、心を痛めてきたの。勇希は私の子供よ」
「……私もハッカと家族になれるかな? 私はハッカの主じゃないけど」
 季紗さんの体温は温かく、私はじんわり温まってきた。ハッカさんはこの体温を愛おしく思っているのだろうか。
 しかし私の心を温めてくれるのは勇希の熱以外にない。
 私は寒気を覚えてしまうほど勇希を求めていたのだ。
 だから勇希。
 早く私を温めて。



 勇希はなかなか目を覚まさなかった。
 傷が深いわけではない。
 そのことはお医者様が保障した。
 だというのに勇希は目覚めない。
 一般病棟に移された勇希は昏々と眠り続ける。
 勇希の身に一体なにが起きているのか。
 私は勇希の傍で見守ることしかできなかった。
 数日が経って、ハッカさんが見舞いに来てくれた。
「勇希君はまだ目覚めませんか……?」
「ええ……原因が分からないそうです」
 私は勇希の顔をちらりと見る。
 輸液だけで生きている勇希は心なしか痩せてきたように思う。
「夢でも見ているのかな……?」
「夢?」
「お医者様によると、勇希の今の状態は夢を見ているのに近いんだって言っていました」
「……少し風に当たりませんか?」
 ハッカさんに促されて私は中庭に出た。
 天気がいい。
 ぽかぽかとしたいい陽気だった。そっと頬を撫でる風が私を慰めているかのよう。桜はすっかり散ってしまって、青々とした葉桜が風を受けて騒めいていた。
 私とハッカさんはベンチに座った。
 ハッカさんが私を気遣ってくれる。
「家には戻っていますか?」
「はい……勇希の着替えを取りに時々……」
「私が付いていながら勇希君にケガを負わせてしまったことを心から済まないと思います」
 ハッカさんは軍人らしからぬことを言った。
 軍人には対面というものがある。
 対面を守るためなら白を黒と語るのが軍人だと思う。しかしハッカさんにはそう言ったところがない。ハッカさんは自分の気持ちに正直な人だ。見ていて気持ちいいくらい颯爽としている。そんな人に沈んだ顔は似合わない。
 私こそ謝るべきだ。
「私の方こそ、この前は強い口調で言い過ぎました。ごめんなさい」
「いいんですよ。サヨイさんは勇希君のことが心配なんでしょう。その気持ちは私にも分かります。誰だって、大切な人が刺されたら動転します。サヨイさんが謝ることはなにもありません。ただ、今は心穏やかに勇希君の目覚めを待ちましょう」
「心穏やかに……?」
 そんな心境にはなれない。
 寝ても覚めても私の心は勇希のことで一杯だった。早く勇希の声が聞きたい。
 ハッカさんが私の手を握った。
「サヨイさん……貴方が倒れてしまったら勇希君が目覚めた時に悲しみますよ」
「……はい」
 確かにそれはそうだ。
 でも今は勇希の傍から離れたくない。
「ありがとうございます。でも今は勇希の傍にいてあげたいんです」
 そう言ってハッカさんを残し、私は中庭を後にした。
 一人、勇希の病室に戻る。
 ところが病室が開かなかった。病室は個室ではあるけど、鍵はかけられなかったはず。
 なにかが引っかかっているのかな?
 ふと、室内に人の気配を感じた。
 不審者の存在を感じ、私は力一杯、引き戸を引いた。
 つっかえ棒が外れたらしく、がたんと音を立てて引き戸が開いた。
 ベッドの上で、一人の少女が勇希に馬乗りになっていた。
 予想外の出来事に私の思考がしばし停止する。
 ややあって私は声を絞り出した。
「貴方、誰? 勇希になにをしているの?」
「……」
 少女は答えない。
 その少女は長い黒髪を緩く三つ編みにし、ふんわりレースをあしらったワンピースを身にまとっていた。背中にはウサギを模したリュックを背負っている。
 しかし少女の着衣には乱れがあった。
 少女が勇希になにをしようとしていたか理解した。
 私は少女を突き飛ばし、勇希の状態を確認する。
 勇希の着衣には乱れがない。かろうじて間に合ったらしい。
 少女は乱れたワンピースを整えようともせずに言い放つ。
「お兄ちゃんとしおんの邪魔をしないでください」
「お兄ちゃん?」
 一体この子はなにを言っているんだろう?
 少女はおかしなことを平然と言い続ける。