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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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「ええ。あの振袖新造だった子のことですよね」
 吉原で暮らしていた小照さんは姉も同然だった花魁を殺害した。
 先月起きたばかりの事件。
 よく覚えている。
「その小照さんと久留島詩音さんは一四年前に同じ病院で産まれています」
「同じ病院で?」
 その事実はどのような意味を持つのだろう。
 だが大尉さんはさらに驚くべきことを付け加える。
「そして勇希君。貴方もその病院で産まれたんですよ」
「僕が?」
 僕が久留島詩音さんたちと同じ病院で産まれている?
 しばし言葉が出ない。
 事実を受け止めきれない。
「勇希君。貴方は自分が自然計数を知覚できることについて、その原因を考えたことはありますか?」
「小さい頃は悩みました。でもサヨイが『人の役に立ちなさい。貴方の力はそのためにあるの』と言ってくれました」
「サヨイさんらしいですね」
 大尉さんは話題を変えた。
「詩音さんのお父さんである久留島大佐は越南戦争で活躍した軍人です。越南戦争については知っていますか?」
「もちろん学校で習いました」
「よろしい。しかし勇希君は、あの戦争によって多くの兵士たちが心を病んだことは知っていますか?」
「ニュースでよく耳にします」
 徴兵された若者たちが密林での戦いによって心を摩耗させ、除隊してからも戦地での記憶に苦しめられる事例が続発した。当初、世論は若者たちの甘えだと切って捨てていたが、医学的見地から精神疾患の一つであることが示された。
 PTSDという。
「勇希君は勉強家ですね。多くの若者が心の病気に悩まされました。しかし、全く影響を受けなかった者もわずかながら存在します。その稀有な者たちは上官の命令通り、機械的に人を殺め、除隊したのちは何事もなかったかのように一般生活に戻っています。まさにお国が求める理想的な兵士です。越南戦争以後、そのような兵士を人工的に生み出す計画が進められてきたといいます」
 そんな計画が進められていたのか。
 僕は薄ら寒い思いがした。
「しかし計画はなかなか進みませんでした。殺人衝動を上手く自分の中で扱えない者ばかりが生まれたとか。越南戦争以後、猟奇殺人事件が増えた背景として、軍の計画が関係しているのではないか、と私は考えています。サヨイさんもその犠牲となったかもしれません」
「僕にも……」
 僕は恐る恐る口を開いた。
「僕にも殺人衝動はあるのでしょうか?」
「勇希君自身はどう思います?」
「ない、と思います……」
「勇希君にはサヨイさんがいますからね。きっと勇希君なら道を踏み外すことはないでしょう。しかしサヨイさんのような家族が傍で支えてくれるのは稀有なことです。そんな家庭で育たなかった子供たちは容易く道を踏み外してしまうのかもしれません」
「詩音さんのお父さんが計画に関与しているのでしょうか?」
「おそらく」
 と大尉さんは重々しくうなずいた。
 いつもの飄々とした明るさは影を潜めていた。
「久留島大佐は命令系統を無視して憲兵を動かしました。その事実が久留島大佐がなんらかの事柄に関わっていることを示しています。単に醜聞を恐れてのことであれば、娘を家から出さなければ済む話ですからね。私は彼らを止めるために動いていたんです――さ、着きましたよ」
 大尉さんと話し込んでいるうちに久留島邸に到着していた。
 僕と大尉さんは連れ立って久留島邸に乗り込む。
 もう深夜だというのに久留島大佐は起きていて、僕らを応接間で迎え入れてくれた。書画や陶器をそれとなく飾った室内には、久留島大佐が吸う煙草の臭いが漂っていた。古めかしい地球儀が隅に置かれている。
 久留島大佐は痩せぎすの体に藍染の久留米絣をまとう粋な中年男性だった。
 鋭い眼光が僕らを射抜く。
 僕は思わず身震いした。
 開口一番、久留島大佐は穏やかな口調で声を発した。重く響く声には艶がある。
「娘が世話になったそうだね。礼を言う」
 久留島大佐はすでに詩音さんが警察に保護されたことを察知しているらしかった。
「しかし、あれは私の娘だ。帰してもらおうか」
 僕は姿勢を正して答える。
「諮問探偵の菊池勇希と言います。久留島大佐殿にお話ししたいことがあります。詩音さんは事件とどういう関わりがあるんですか?」
「話す必要があるのかな?」
「いずれ詩音さんが自分の口から話すと思います。僕らに今、話したところで大差ないですよ」
「口が達者だな。さすが探偵と言ったところか」
 久留島大佐は感心したようだった。
 しかし親しみはまるで感じない。
 ふぅーっ、と久留島大佐は長い溜め息をつくように紫煙を吐き出した。
 そして滔々と語り出す。
「君は特殊な力があると聞いている。娘にも似たような力があるのだよ。娘の場合は、殺人現場での被害者の心の叫びを知覚することができる。娘は収集した知能電話を眺めながら殺人を想起するのが趣味らしい。なかなか興味深いだろう?」
「それが久留島大佐殿の計画に関わっているわけですね」
 と大尉さんがいつもの口調で確認した。
 大尉さんは緊張することがないのだろうか。自分よりずっと階級が上の人なのに。
 久留島大佐は穏やかに笑った。
「娘は研究の過程で産まれた試作品の一つだよ。理想的な兵士と言うには物足りないものがあるがね。ところで勇希君と言ったね。君の評判は聞いているよ。君は上手く行った事例のようだ。警視庁の諮問探偵など辞めて、私たちの仲間にならないか?」
 久留島大佐は大尉さんに興味を示さなかった。
 ずっと僕にだけ言葉を掛けるように話し続ける。
「お断りします。僕の能力は戦争のためのものじゃない」
「自然計数の知覚は別の話だ。それは副産物でしかない。有用かもしれないが、それだけだ。まあ、話を聞きなさい」
 久留島大佐は立ち上がり、古めかしい地球儀を回す。
「新ソ連、中華民国、満州国、そして米国。日本は現在、亜細亜においても太平洋においても益々重要な立場にある。これら地域の平和を守るためには理想的な兵士が不可欠なのだ。勇希君、君もいずれ徴兵によって前線を担うことになるだろう」
 くるくると地球儀が回る。
 旧ソ連の威信を回復させようと近隣諸国に圧力をかける新ソ連。
 共産党との内戦に明け暮れる中華民国。
 両国に境を接するという重要な位置関係にある満州国。
 そして亜細亜においても太平洋においても発言力を持つ米国。
 情勢は安定しているとは言い難い。
「しかし、いざ敵兵を倒す時に良心の呵責に囚われてはいけないし、逆に殺人に酔うことがあってもならない。除隊した時には戦地のことは綺麗に忘れてもらう必要がある。それが理想的な兵士と言うものだ。勇希君、君にはその素質がありそうなのだがね」
 僕にその素質がある――。
 久留島大佐の言葉が僕を飲み込む。
 それでも決然と声を出す。
「僕は人を殺めたりしません。サヨイが悲しみますから。僕はサヨイの子供として相応しい男になるんです。それは誰かを傷つけたりするような形ではなく、もっと違う形で人々に貢献したいんです」
「国家のために働くのは嫌だと?」