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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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「先日、僕はホームから転落した際、こちらの生徒さんに助けていただきました。しかし、彼女は名前も告げずに去ってしまったんです。是非お礼が言いたいのですが、彼女を探すのを手伝ってもらえないでしょうか?」
「なるほど。お話は分かりました。その生徒についてなにか特徴はありますか?」
 校長先生の目が和らいだ。
 話の滑り出しは上々のようだ。
 僕は恩人である女学生の特徴を話した。
「長い黒髪をゆるく三つ編みにしていて、ウサギを模したリュックサックを背負っていました。身長は一五〇センチから一六〇センチの間だと思います」
 ふむ、と校長先生はしばし考え込んだ。
「その生徒なら在籍していると思います。少々お待ちください」
 と言い残して校長先生は出て行った。
 すると大尉さんは僕にこんなことを言い出した。
「勇希君はなかなか策士ですね。あんな搦め手があるとはね」
「策士だなんて人聞きの悪い。僕は相手に慮っているだけですよ」
 そうは言ったが、これは僕なりの作戦だった。
 事件に関係しているかもしれないから会わせて欲しいと言えば拒絶されるかもしれない。今はまだ任意で協力を求めている段階なのだから。
 大尉さんは訳知り顔で答えた。
「まあ、そういうことにしておきましょう」
「ところで大尉さんの用件について聞いてもいいですか?」
「駄目です」
 間髪入れずに大尉さんは答えた。
 でも、と悪戯っぽく付け加える。
「サヨイさんと一日デートさせてくれたら考えなくもないです」
「この前したじゃないですか!」
「勇希君は独占欲が強いですね」
 くくっ、と大尉さんは喉を震わせた。
 むー。
 僕の反応なんて大尉さんはお見通しだったのかもしれない。
 やがて校長先生が一人の女学生を伴って戻ってきた。
 緩い三つ編みが女学生の歩みに合わせて揺れ動く。
 あの女学生だった。
 僕を覚えているようだったが、特に驚いた様子はなかった。
 校長先生が女学生を紹介する。
「二年生の久留島詩音(くるしましおん)さんです」
「久留島詩音です」
 ぺこり、と詩音さんは頭を下げた。
 僕は立ち上がり、深く頭を下げる。
「僕は菊池勇希と言います。先日は命を救っていただいて、ありがとうございました」
「いえ、そんな。しおんは当然のことをしたまでです」
 ふわふわした子供っぽい口調だった。
 そこで大尉さんが口を挟んだ。
「久留島というと子爵家の久留島家でしょうか?」
「はい、しおんはその家の子です」
 そうか、この子も華族の令嬢なのか。
 それにしてはどこか奇妙な印象を受けた。
 久留島さん、と校長先生が尋ねた。
「どうして名前を告げずに去ってしまったの?」
「善行も悪行も匿名でこそ光るものだと、しおんは思っています」
「どういうことかしら?」
 と校長先生は質問を重ねた。
 僕にも理解が及ばない。
 匿名で寄付をするなど、匿名で社会に貢献するという奥ゆかしさは理解できる。しかし悪行もそうなのだろうか。そこが僕には分からない。
 詩音さんは訥々と恐ろしいことを語り出す。
「匿名性は人間の本性を暴き出すと思います。しおんは、そういう本性を見るのが好きです。しおんだけでなく、みんなもそうじゃないですか? 家族や友人にそういう面が潜んでいると思ったら、ドキドキしませんか?」
 かなり特殊な子らしい。
 校長先生はやんわりたしなめた。
「詩音さん。貴方の考えは分かったわ。でもね、自分の考えを明かす際は、時と場所を選びなさい。品性を疑われますよ」
「はい。申し訳ありませんでした」
 詩音さんは素直に謝った。
 そこを見計らい、僕は切り出す。
「詩音さん。最近の生活について聞かせてもらえませんか。貴方は最近、夜に起きている事件の現場周辺で目撃されています。その時間帯、どこにいたのか教えて欲しいんです」
 そう語る僕の様子を大尉さんは見物している。
 特に合いの手を入れるようなことはしない。僕としてはその方がやりやすくて助かる。
「詩音さん、本当なの?」
 と校長先生は落ち着いた様子で確認する。
 生徒の前で狼狽えたりしないのはさすがだと思う。
 詩音さんは平然と答えた。
「夜の散歩は、しおんの趣味なんです」
 その時、詩音さんの知能電話が鳴った。
「失礼します」
 と言って、詩音さんは膝丈のスカートをなびかせて出て行ってしまった。
 取り付く島もない。
 僕と大尉さんは仕方なく応接室を後にした。
 諮問探偵と憲兵将校という組み合わせが珍しいのか、女学生たちが窓辺から僕たちを見ながら何事かささやき合っている。
 大尉さんが軽く手を振ると、女学生たちも手を振って応じた。
「勇希君も手を振ってあげてください」
「は、はい……」
 ぎこちなく手を振る。
 女学生たちは盛んに手を振ってきた。
「勇希君、大人気ですね」
「そんなことはないです」
 そう答えながら、僕はホームで助けられた時に知覚した自然計数を思い出していた。
 死、悲哀、収集、快楽。
 あの子は本当に犯人なのだろうか。
 そうであって欲しくない。
 それでも僕は諮問探偵としての役割を果たさなければならない。
 決意を秘めて僕は校門に向けて歩き出した。



 大尉さんと別れた僕は警視庁へ戻った。
 そこで警察が久留島詩音を監視することを知り、僕も監視班に加えてもらうことにした。
 僕は車の後部座席から車窓を眺める。
 折しも曇天。
 厚い雨雲の垂れこめた空は今にも泣き出しそう。
 陰鬱な気分になりながら久留島邸の様子をうかがう。
 久留島家は武家の家系であり、屋敷はそんな血脈に相応しい洋館だった。久留島詩音の父親は陸軍で高い地位にあり、越南戦争では活躍した軍人の一人として知られる。そんな立場の人物が娘を夜歩きさせるのかという疑問があった。
 やがて夜になり、霧雨が降ってきた。
 霧雨の中にたたずむ洋館は不気味なほど静まり返っていた。
 一緒に監視する僕の担当官は越南戦争の帰還兵であり、盛んに戦地での出来事を僕に語って聞かせた。
「俺の若い頃はさ」
 と担当官は安い煙草を吹かす。
 狭い車内は煙草の副流煙で霞んでいた。
「アカの連中との決戦なんだって世相が傾いていてさ。越南(ベトナム)がアカの手に落ちたら亜細亜全体が危ないって思ってたんだ。まあ実際にはアカは自滅したんだけどな」
 越南で共産政権が誕生した時、日本はただちに軍事介入した。
 のちにこの戦争を越南戦争と呼ぶ。
 満州国でソ連軍との大規模な会戦に備えていた日本軍は密林に適応できなかった。日本軍は共産政権を覆せないまま多くの戦死者を密林に残し撤退した。それまで対外戦争で連戦を続けていた日本軍にとって、手ひどい敗戦だった。
 僕の担当官は口調こそ若いが、もう六〇代のお爺さん。厳密には元刑事だ。
 その担当官が目敏く変化に気付いた。
「娘が出てきたぞ」
 僕は慌てて視線を向けた。
 特徴的な三つ編みが揺れる。
 久留島詩音さんだった。
 カットソーとスカートという格好でどこかへ出かける。ライトブラウンに染められた薄手のスカートには斜めにレースがあしらわれ、ふわふわした印象を与えていた。やはりウサギを模したリュックを背負っている。