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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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「どうした?」と周囲の刑事たちから声がかかる。
「いえ、なんでもありません……」
 そこへ一人の女性が現れた。
 陽光を浴びて眼鏡がきらりと光る。理知的な、というにはやや険の混じる目が僕たちを見渡す。彼女がヒールをかつかつと鳴らして歩き出すと、膝丈のタイトスカートの切れ目から白い足がちらちらと覗く。
 周囲の刑事たちから溜め息が漏れる。
「胸でかいよな」
「Fカップはあるよなあ」
 そんな刑事たちに彼女の鋭い視線が転じる。
 びくっ、と無駄口を叩いていた刑事たちが首をすくめる。まるで女教師と中学生たちのようだった。
 女性はニコと呼ばれている精神科医だ。犯罪心理学の専門家で、東京帝大で研究員として勤めている。大陸出身らしい日本人離れした銀髪を、短く切り揃えた姿が凛々しさを増す。ニコさんは三二歳だと聞くが、見た目はずっと若々しい。刑事たちの中にはニコさんに会えることを見越して事件発生を喜ぶ者もいるとかいないとか。
 ニコさんは僕に歩み寄った。
 タバコの匂いが微かに舞う。
 ニコさんは女性にしては身長が高い。おそらく一七〇センチを超えるだろう。僕より五センチ以上高い。
 タイトスカートから伸びる足に思わず目が行く。むちっとした肉感を漂わせている太もも。この色香に刑事たちは惑わされているのだろうか。
 意識的に視線を上げると、ニコさんは僕を意味ありげな表情で見詰めていた。
 足を見ていたのを見抜かれた気がして、内心冷やりとした。
 夏でもないというのに背中を冷たい汗が伝う。
「どうした、探偵君? そんなところに突っ立って?」
 そんな風に語るニコさんの声は低く籠っていて、耳の奥にねっとりと残るような響きがあった。
 大人の女性なんて、僕はサヨイしか知らない。
 いや、どこか少女の匂いを残すサヨイに、ニコさんのような艶っぽさはない。
「いえ、なんでもありません」
 僕は大人しく席に着いた風を装う。
 沈黙する僕を他所に会議が進められてゆく。
 やがてニコさんに意見が求められる。
 ニコさんはすらりとした立ち姿を見せて意見を披露した。
「事件は一週間周期で起きている。また犯人は死体を隠そうとはせず、むしろ耳目に触れるような場所にさらしている。犯人には社会に注目されたいという強い願望がうかがえる。そこから導き出される犯人像は、普段の生活では強く抑圧されている人間だ」
 次にニコさんは華族女学校について語った。
「学校心理士の年度報告書によれば精神的負荷の割に青少年の類型的な逸脱行動、つまり非行を行うものはほとんどいない。問題が表面化せず沈殿しやすい環境と言える。これは私の個人的見解だが、犯人像に近い少女たちと言えるな。華族女学校にその生徒への聴取をさせるよう申し出るのも一案だ」
「待ってください!」
 と僕は立ち上がった。
 勢いが付き過ぎて、がたんという音が会議室に響いた。
 周囲の刑事たちから一斉に視線が集まる。
 ニコさんは淡々とした口調で僕に尋ねた。
「なにかな、探偵君」
 ニコさんはシガーケースから葉巻を取り出して、マッチで火を点けた。
 艶冶に開かれた唇から紫煙が吐き出される。
 先ほどまでニコさんにドキドキしていた僕だけど、言うべきことは言わなければならない。
「僕が知覚した自然計数は、それとは微妙に異なる犯人像がうかがえます。今の段階で犯人像を絞るのは性急です」
 事件化、名声、朗読、幸福。
 それが僕の知覚した自然計数だ。
 朗読という単語が僕の心に爪を立てていた。
「自然計数、か……」
 ふ、とニコさんは微かな息遣いで笑った。
 手招きで刑事に灰皿を持ってこさせる。
 葉巻の灰を落としながらニコさんは続ける。
「世界の外側からの情報とでも言うべきかな。解釈による誤読は起こり得るが、正しく理解すれば事件解決には大きな助けになる。しかし今回は不要かな。すでに事件解決に至る道筋は私には見えている」
 僕たちは睨み合った。
 いつもの事態に刑事たちから苦笑が漏れる。
 僕とニコさんが意見を対立させるのはいつものことだった。僕らは馬が合うとは言えない。僕は内心、ニコさんの甘ったるい毒気にやられそうになりながらも、かろうじて自分の主張を曲げずにいた。
 今だってそうだ。
 僕の命の恩人と思しき少女に捜査が及びそうになっている。それが見過ごせないから、僕はこうしてニコさんに噛み付く。
 事態が進まないのを見かねたのか、担当官が仲裁に入った。
「まあまあ、菊池君。君の意見は分かった。しかし、度々目撃されている女学生の存在を無視するわけにはいかないのも分かるだろう? ここは先生の意見に従って、華族女学校にも捜査の手を入れることにしよう。その際には協力してもらうよ」
「何故、僕が?」
「華族女学校に行くのは君のような若い諮問探偵の方が柔らかい印象を与えるんじゃないかと思ってね。刑事が訪ねれば物々しい印象を与えて、聞けるものも聞けなくなってしまう。分かったかな?」
 一四歳という年齢を利用されるのには抵抗がある。
 しかし仕事とあれば行かなければならない。
 それに華族女学校には僕も用があった。恩人の女学生と再会できるかもしれない。
「分かりました。すぐに向かいます」
 僕は一礼して新宿にある華族女学校に向かった。



 捜査会議のあと、僕は単身、華族女学校を訪ねた。
 警備員に手帳を提示して僕は赤門をくぐった。
 柔らかな風が吹き付けてきて、木々が枝を騒めかせた。花の匂いが香しい。
 華族女学校は、本館の他にB館、C館、F館、第一体育館、第二体育館、図書館、プール、テニスコートなどがある。いずれも歴史を感じさせる佇まい。応化の時代にあっても、その時代に生きる女性に相応しい知性と品性を育もうとする教育方針は変わらないという。
 葉桜の下を過ぎて、えんじ色の本館を訪ねる。
 話はすでに通してあるらしく、あっさり応接室に通された。ただ校門から応接間に来るまで、やたら視線を感じた。やはり部外者は珍しいのだろうか。
 綺麗な銀髪の老婦人がほどなくして応接室にやってきた。事前に調べたホームページで見たことがある。校長先生だ。上品なスーツを身にまとう。
 校長先生は軍人を伴っていた。
 灰緑色の軍服。肩ほどまで伸ばした黒髪。
 大尉さんだった。
「大尉さん? どうしてここに?」
「少々、用事がありまして。勇希君こそどうしてここに?」
「僕も捜査のために来たんです」
 そこで校長先生が穏やかに尋ねた。
「お二人はお知合いですか?」
「親しくさせていただいています」
 と大尉さんが言ったので僕は訂正する。
「仕事柄、よく会うんです」
 そんな僕らの距離感を察したのか校長先生はそれ以上追及しようとしなかった。
 校長先生は僕らにソファに座るよう促した。僕と大尉さんは隣り合って、校長先生は対面に座る。
 校長先生がやんわりとした口調で尋ねる。しかし校長先生が僕らを歓迎していないことは目を見れば分かった。
「菊池さんは捜査のためにいらっしゃったとか?」
「その前にお礼を申し上げなければならないことがあります」
「なんでしょう?」
 校長先生は面食らったようだった。
 僕は先日の出来事を話した。