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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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「菊池勇希です。今日はお時間をいただいてありがとうございます。先日、僕は駅のホームで突き飛ばされ、列車にひかれそうになりました。その時に助けてくれた女学生は名前も告げずに去ってしまいました」
 そこで一息つく。
 生放送というのは思っていた以上に緊張する。
 その時、長手袋に包まれたサヨイの手がそっと僕に重ねられた。
 サヨイの手が僕に勇気を与えてくれる。
 僕は堂々とした調子で続けた。
「名前を告げずに去ってしまったのは事情があるのだと思います。しかし僕は、直接会ってお礼が言いたいんです。お願いします。どうか名乗り出てください!」
 僕はマイクに向けて頭を下げた。
 恩人は僕の声を聞いていただろうか。気持ちは伝わっただろうか。
 サヨイが僕に手を重ねたまま話をまとめた。
「勇希君の気持ちはきっと彼女に伝わっていると思います。ありがとうございました」
 そこで僕は話せる範囲でこれまで関わった事件について話す。
 例えば、吉原で起きた香炉姉妹たちの事件。
 あれは悲しい事件だった。
 やがて番組が終わり、僕は雑事が残っているサヨイを待つ。
 その間、職員が親しげに話しかけてきた。
「勇希君、ちょっとサヨイさんのことで相談があるんだ。でもサヨイさんには俺が話したっていうのは内密に話したい」
「ええ。サヨイには黙っています」
 僕はちらりとガラス越しにサヨイの横顔をうかがってから答える。
 職員が話し出したのはサヨイの熱烈なファンのことだった。
「最近、サヨイさんに過激な手紙がたくさん送られてきてね。対応に困っているんだよ。サヨイさんには家族や警察に相談したら、と言っていたんだが。サヨイさんからはなにか聞いてないかな?」
「いえ、なにも」
「そうか。サヨイさんは生真面目な女性だね。そこが魅力的とも言えるけど心配だよ。家族にくらい気楽になんでも言えるようじゃないと」
 そんな話を聞きながら僕は物思いに沈んでいた。
 僕とサヨイは家族だ。
 でも血は繋がっていない。
 だからこそ本当の家族になろうと相手のことを想い合ってきたように思う。けれど、それがかえって良くなかったのだろうか。僕もサヨイも、相手のことを慮って、自分の本当の気持ちを打ち明けることができなくなっているのかもしれない。
 やがて雑事が終わり、僕はサヨイと共に制作室をあとにした。
 サヨイが僕の変化に目敏く気付く。
「勇希? どうしたの? 緊張した?」
「うん、ちょっとね」
 と僕は言葉を濁す。
 エレベータから降りて、正面玄関から外に出ようとした時のことだった。
「サヨイちゃんだよね?」
 そんな聞き慣れない声が発せられた。
 熱に浮かされたような、どこか上擦った声。
 振り返れば、スウェット姿の少年が立っていた。僕と同じくらいの年齢だろうか。
 ふっくらした頬に福耳ではあるが、顔に目立つニキビが福々しい印象を弱めている。
「……いえ、違います」
 と答えるサヨイの声は震えていた。
 しかし少年は熱っぽく言い募る。
「いいや、サヨイちゃんだ。声で分かったよ。ねえ、サヨイちゃん。二人でゆっくり話ができる場所に行こうよ。君とゆっくり話がしたい」
 少年がふらふらとした足取りでサヨイに近づく。
 僕は腕でサヨイをかばうようにサヨイと少年の間に立った。
「それ以上、近付くな」
「邪魔者。おまえこそサヨイちゃんに近づくな。サヨイちゃんは僕のお母さんだ」
 こいつ、僕らのことを知っているのか?
 そこで警備員たちが駆け付けて少年を向こうに連れて行った。
「サヨイちゃん! いつか君を迎えに行くよ!」
 少年はそんなことを言いながら視界から消えて行った。
 見れば、サヨイは両手を握り合ったまま、かたかたと震えていた。
「サヨイ」
 と僕は肩にそっと手を乗せた。
「大丈夫?」
「……大丈夫」
 そうは見えなかった。
 自宅に戻った僕らは早目に休むことにした。
 いつものように同じベッドに身を横たえる。
 普段ならすぐに眠ってしまうのだが、今夜はあの少年のせいで目が冴えていた。
 ねえサヨイ、と僕は優しく呼びかけた。
「どうしてなにも言ってくれなかったの?」
「勇希に心配を掛けたくなくて……」
 サヨイは済まなそうだった。
 でも、とサヨイはそっと息を吐く。
「勇希だって、私になんでも話してくれるわけじゃないでしょう?」
 そうかもしれない。
 相手を傷つけまいと秘密を持ってしまうのは、当然の帰結と言えるだろうか。
 互いのことを想い合っているというのに、僕らの気持ちはボタンを掛け違ったように噛み合わない。
 どうすればこの距離は埋まるのか。
 僕はサヨイの華奢な体を思い切り抱き締めた。
「勇希……?」
 サヨイは戸惑ったような声を出したが、すぐに体の力を抜いた。
 長い黒髪に残ったシャンプーの香りを強く意識した。
「サヨイ」
「はい」
「お互い、自分の手に負えないと思ったことは打ち明けようよ。一旦、自分の中で落ち着ける期間は必要だと思う。でも、それは隠したことにはならないんじゃないかな。もしサヨイが僕に黙っていたことを済まないと思っているなら、それは違うよ」
「……」
 サヨイは無言のまま僕の背中に手を回し、ぎゅっとパジャマをつかんできた。
 これ以上ないくらいサヨイと密着し、細身でありながら女性的な柔らかさを持つサヨイの感触を肌で感じた。
 狂おしいほどの絆がうずく。
 僕が先か、サヨイが先か、あるいは同時か。
 いつしか僕たちは眠りに落ちていった。
 やがて目が覚めた時、いつもなら先に起きてしまうサヨイは僕の腕の中で穏やかに寝息を立てていた。
 この人を守りたい。
 一体、今まで何度思ってきたことだろう。
 この決意はいつまでも風化しないと思う。



 次の日、捜査会議に呼ばれた僕は警視庁を訪ねた。
 霞ヶ関にある警視庁は、六階建ての近世風の庁舎を持つ。
 玄関で警官に僕は手帳を提示する。手帳には僕の写真と、諮問探偵の証である蛇の目九曜紋のバッジがある。
 捜査会議に参加する前に担当官に相談した。担当官である彼には日常的に相談することが多い。
 もちろんサヨイのことだ。
 あの少年に厳しく警告を与えてもらいたい。
 担当官は快く請け負ってくれた。
「俺からも話してみるよ。まあしばらくは出てこれないだろう。その間に頭を冷やすさ」
 だといいが。
 僕は担当官に促されて捜査会議に出席した。大学の講堂のような会議室に午後の柔らかな日差しが窓から差し込む。天井扇の起こす柔らかな風によって紫煙が舞い上がってゆく。海外では喫煙者への風当たりが厳しくなったと聞くが、日本ではいまだに喫煙者が自由を謳歌している。
 事件についての捜査状況が次々と報告される。
 凶器は短く鋭い刃物であること。被害者は知能電話を持ち去られていること。そして事件現場の近くで華族女学校の制服を着た女学生が目撃されていること。
 その女学生の似顔絵を見せられた。
 長い黒髪をゆるく三つ編みにし、ウサギを模したリュックサックを背負っている。
 あの女学生だった。
 似顔絵を見て僕は、がたっと椅子から立ち上がった。
 嫌な想像が鎌首をもたげる。