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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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「きくちん、なんでサヨイとお風呂に入らなくなったの?」
 きくちん、というのは季紗さんが命名した勇希のあだ名だ。
 菊池勇希だからきくちんなのだろう。
 勇希は変なあだ名だと迷惑に思っているようだけど、私としては面白くて好き。
「それは……友達に聞いたら、もう誰も一緒に入ってないって言うんだ。だから恥ずかしくなって……」
 そんなことだろうと思っていた。
 思春期に入ると、母親との距離感に悩むこともあるだろう。
 私は特に心配してはいなかった。
 でも、ちょっと寂しい思いもあったのを覚えている。
 そのことを私は正直に語った。
「私はちょっと寂しかったな。でも勇希も年頃になったんだって納得したけど」
 再び季紗さんの矛先が勇希に向く。
「ねえねえ、きくちん。きくちんの初恋ってサヨイ?」
「答えたくない」
「あのね、きくちん」
 と季紗さんの声に真剣さが光る。
「サヨイはきくちんの母親なんだよ。母親に恋をしたらいけないって分かるでしょ? そういうのは私、感心しないな」
「……」
 勇希は黙り込んだ。
 一体なんて答えるのだろう。
 私は勇希の答えが気になって仕方がない。それがどのような感情に由来しているのか自分自身、分からないままに。
 母親として勇希の成長を見守るだけでいいのか。
 それとも、今までとは違う愛し方がしたいのか。
 私が答えを出す前に勇希が言葉を発した。
「上手く言えないけど、僕とサヨイはそういう関係じゃないんだよ。僕らは特別な関係なんだ。世間一般の言葉じゃ、僕らの関係を上手く説明することはできないよ」
 勇希の言葉は私の体の内側まで響いた。
 この子はまだ答えを出せていない。
 でも、ちゃんと考えていてくれる。
 私はそれだけで嬉しかった。
 勇希の体温だけじゃない。勇希の言葉に籠った熱が私を温めてくれる。
 互いを想い合い、熱を伝え合う関係。
 時に母子のような、時に恋人のような。
 あえて私と勇希の関係を指すなら家族と言う他にないと思う。
 そんな時、季紗さんの知能電話がミニスカートのポケットで鳴った。
 電話に応えた季紗さんの顔が喜色に染まる。
「ハッカ! 今どこにいるの? え? 今、私の家にいるの?」
 今すぐ帰る、と言い出して季紗さんは風のように去った。
 残された私と勇希は顔を見合わせる。
 勇希が今回の感想を率直に述べた。
「あの子って、本当に軽いね……」
「ほんとにね」
 私たちは苦笑を漏らした。
 季紗さんはハッカさんのことで悩みがあると、よくうちに押し掛け、散々騒ぎ立てて帰っていく。
 それでも私たちは季紗さんを悪くは思わなかった。
 季紗さんには幸せになって欲しい。
 ハッカさんとの恋がいつまで続くのかは分からないけど、二人にとって納得のできる結末になって欲しいと思う。
 勇希がなんとなしに語った。
「あの二人、いつまで続くんだろ」
「さあ。いつまでかな」
 私と勇希にはどのような結末が待っているのだろう。
 いつまでも一緒にいられるだろうか。

■第二幕:命ニ触レテ快楽スル

 駅のホームに涼しげな夜風が吹き付ける。
 時刻は二〇時を少し回ったところ。
 帰宅しようとする月給取りのおじさんたちでホームは混み合っていた。夜風が微かにアルコールの臭いを運ぶ。おじさんたちは煙草を吸いながら列車を待っていた。晴れた夜空に紫煙が舞い上がってゆく。
 そんな中、僕は列の先頭で制服姿のまま立っていた。
 学校が終わってすぐ警視庁に呼ばれ、意見を言って帰るところだった。
 刃物による連続殺人事件。
 被害者に共通するのは知能電話を持ち去られていることくらい。犯人が持ち去ったのだろうか。しかし今のところ犯人が知能電話の電源を入れていないためか、居場所をつかむことができていない。
 現場に赴いて自然計数を知覚したところ。
――事件化、名声、朗読、幸福。
 そんな単語が読み取れた。
 一体なにを意味するものなのか。今の段階では僕には分からなかった。
 僕は知能電話でサヨイに電話を掛けた。
 すぐにサヨイの声が返ってきた。
「勇希? お仕事は終わった?」
「うん。終わったよ。これから帰るね」
「ご飯はもう食べた?」
「ううん。まだだよ。今夜はなに?」
「ふふ。勇希の好きな物。なーんだ?」
 会話の途中、警笛の甲高い音が耳に届く。
 見れば、蒸気を勢いよく吐きながら列車がホームに進入するところだった。
 不意に衝撃が背中を襲った。
 なにが起きた?
 僕はにわかに反応できなかった。
 気が付けば線路に倒れていた。
 誰かが僕を線路に突き飛ばしたということは分かる。突然の暴力が自分を襲ったことについて、僕はなんの感想も抱くことができなかった。あまりにも突発的で、心が凍ってしまう。
 警笛が鳴る。
 ホームの群衆がざわつく。
 列車が見る見る大きくなってゆく。
 僕の頭は真っ白になった。
――サヨイ。
 脳裏に浮かぶのはサヨイの笑顔。
「つかまってください!」
 そんな少女の声が僕の心を現実に返した。
 紺色のセーラー服を着た女学生がホームに膝を着き、腕を一杯に伸ばす。半身になっているため、ウサギを模したリュックを背負っているのが分かった。三つ編みにした長い黒髪が揺れる。影になって顔は見えない。
 女学生の手を僕はつかんだ。
 不意に自然計数が僕を襲う。
――死、悲哀、収集、快楽。
 列車の擦過音がホームに響く。
「はぁっ、はっ、はあっ」
 僕はホームに倒れ込んで激しく喘いだ。体が震えている。押し寄せてくる恐怖に理性が流されてしまいそうだった。
 生きている。
 僕はまだ生きている。
 女学生が助けてくれたおかげで、かろうじて間に合った。
 線路に落ちた時に口の中を切ってしまったらしく、血の味が広がっていた。
 大丈夫、と周囲の人たちが心配してくれる。
「ええ。大丈夫です」
 そう僕は答えながら女学生を探した。
 しかし、女学生の姿はなく、僕は礼を言うことができなかった。
 奇妙な自然計数を残して女学生は消えてしまった。



 アパートメントに戻ると、ぱたぱたというスリッパの音が響かせて、サヨイが抱き着いてきた。
 オレンジにも似た甘い芳香が鼻をくすぐる。
「勇希!」
 サヨイは目を泣き腫らしていた。
 僕はサヨイの華奢な体をそっと抱き締める。
 僕の腕の中でサヨイは震えていた。
 玄関先で僕らは抱き合った。
「悲鳴とか列車の音がして、電話が急に途切れて……。どうして連絡してくれなかったの? 私がどれだけ心配したか分かってる?」
 サヨイの声は涙で湿っていた。
 こんなにも想ってくれるサヨイの気持ちが痛いほど伝わってきた。
「ごめんね、サヨイ」
 僕は泣き続けるサヨイの背中を撫でてやった。
 いつの間にか僕はサヨイの身長を少しだけ超えていた。もう大人になったと思っていたが、まだまだ子供なのかもしれない。知能電話は列車に踏みつぶされてしまった。そうは言えども、公衆電話でサヨイに連絡をする気遣いを忘れていたことの言い訳にはならない。
 僕はサヨイの顔が見たくなって少し距離を取った。
「勇希……!」
 切なそうな表情は僕にすがるようで。