小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

INDEX|11ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 

 ちなみに柚子の皮を加えたコーヒーアフォガートを食べさせてみたところ、勇希は複雑な味わいだと評していた。勇希ももう子供ではないし、そういう味も理解してきたということかもしれない。今度、また作ってみよう。ハッカさんに食べてもらうのも悪くない。
 乳香のクラシカルな印象の香りが部屋の中に焚き込まれたところで、私はソファに座って勇希と一緒にテレビを見ることにした。二人用のソファは、水色、灰色、緑色などが互い違いに配されており、白い壁の室内にしっくり馴染んでいる。
 うちでは夕食後、NHKのニュースを見るのが習慣だった。ニュースを見ながら互いのことを尋ねる。
 私はハッカさんと映画を見に行ったことを話した。
 すると勇希は顔を曇らせて、
「大尉さんって、やたらサヨイにべたべたするけど……。サヨイは大尉さんのことが好きなの?」
 と尋ねてきた。
 この子、やきもちを焼いているのかな?
 私は勇希が可愛くなって、こう答えた。
「ええ、好きよ」
「……」
 勇希の表情が沈み込む。
 だから私は悪戯っぽく付け加える。
「でも一番は勇希」
 勇希の顔がぱっと明るくなった。
 私は勇希の頭を撫でてあげる。
「貴方はなにも心配しなくていいの。貴方が大きくなるまで私はどこにも行かない」
「僕も、ずっとサヨイの傍にいるよ」
 勇希の手が重なる。
 自然、私たちの視線は重なった。
 勇希の首に頭をもたらせて私はお願いした。
「ねえ勇希。新しいお洋服を買ってもらったんだけど、感想を聞かせてくれる?」
「うん、いいよ。見てみたい」
 私は自室で、お昼にハッカさんに買ってもらった洋服に着替え、居間に戻ってきた。
 アイボリーのカーディガン、インディゴのVネックTシャツ、ピンクのフレアスカート、ピンクの手袋。
 フレアスカートが短過ぎるのがちょっと気になる。最近は短いスカートを穿く女性が増えていると聞くが、私はどうにも流行に乗り切れないでいた。ハッカさんに足が細いと褒められて、ついその気になって勇気を出してみた。
「どう、勇希?」
「とてもいいと思うよ」
「今までとどっちがいい?」
 うーん、と勇希はしばらく考え込んだ。
 そして照れ臭そうに語る。
「この服はドキドキするから、前の方がいいかな」
 私まではにかんでしまう。
 自動人形の体内に流れるのは水銀なので、実際に頬が赤く染まるようなことはないのだけど。
 勇希の顔を見ていられない。
 それなのに勇希がどんな顔をしているのか気になって、私はちらちら勇希を盗み見る。
 勇希も恥ずかしそうだった。
「……もう。変なこと言わないで」
 そう言って私は自室に逃げた。
 この服は大事な時に着ることにしよう。私は綺麗に服を畳んで箱に入れて、付箋を貼った。
『勇希が喜んでくれた服』
 いつか、この服を着て二人で歩く日が楽しみだった。
 しばらくして。
 それぞれお風呂に入ったところで眠ることにする。
 お風呂から上がったばかりの勇希はほこほこしていて、いつもより熱かった。
 寄り添うと、髪に残ったシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。
「おやすみ、サヨイ」
「おやすみなさい、勇希」
 握り合った手から勇希の体温が伝わってくる。
 私にはこの熱が不可欠だ。
 死体をもとにして作製された自動人形にとって、人から分けてもらう体温はなくてはならないもの。自動人形は、人から離れては生きてゆけない。でも勇希は私に対して少しも威張ったところがない。あくまで私を母親として見てくれる。
 勇希。
 私は貴方の母親として相応しく在ることができている?



 その夜、勇希と一緒に眠っていると、深夜になって呼び鈴が鳴った。
 置時計を見れば、短針は午前一時を指している。
 こんな遅い時間に一体だれだろう?
 カーディガンを羽織って玄関に向かうと、緩やかに波打つ長い銀髪持つ一〇代後半の少女が立っていた。タートルネックの黒いセーターに虹色のミニスカートという格好。やや小柄ながらスタイルが良い。こういう体型が好きな男の人はきっと多いだろう。
 彼女は季紗(きさ)さん。
 ハッカさんの恋人だ。
 私との関係は難しいものがあった。季紗さんはハッカさんの心が私に向くのを恐れているような気がする。と言っても私はハッカさんと恋人というはっきりした関係になろうとは思っていないのだけど。
 季紗さんは玄関先に立ち、開口一番こんなことを聞いてきた。
「ハッカ、来てない?」
「来てないけど」
「ほんと?」
 勝手に部屋に上がり込む季紗さん。
 私が呼び止めても聞く耳を持たず、部屋という部屋を確認する。
 ハッカさんがいないことを確認した季紗さんが喚く。
「あの遊び人め。さては違う女のところか」
 確かにハッカさんにはそういうところがあるかもしれない。
 今日ハッカさんとデートに出かけたことは黙っておこう。
 私がそんなことを考えていると、パジャマ姿の勇希が起きてきて、居間にやってきた。
 欠伸しながら勇希は季紗さんに尋ねる。
「こんな時間になんの用?」
「ハッカが最近、私のところに泊まってくれないの」
 そんなところだろうと思っていた。
 きっとハッカさんにはたくさんの相手がいるのだろう。
 季紗さんがその中の何番目なのかは分からない。ただ、ハッカさんが季紗さんを大切に想っていることは確かだろう。ハッカさんは恋人たちの一人一人を大切に想っている。一人に絞り切れないことが優柔不断なのではなく、様々な恋愛を楽しみたいと思っているのかもしれない。
 ハッカさんは恋多き人なのだ。
 そういう人生の楽しみ方もある。
 私自身がハッカさんのような生き方をしたいとは思わないけど。
 勇希はソファに座って季紗さんをなだめた。
「君も大変だね。大尉さんみたいなモテる人が恋人で」
「でも、すごく優しいの! 一番大事なのは貴方だって言ってくれるし!」
 季紗さんはハッカさんを罵倒したかと思えば、今度は逆に擁護し始めた。
 自分が恋人を悪く言うのはいいけど、他人が悪く言うのには耐えられないのかな。
 勇希は困ったように苦笑する。
「君って……相当、軽いね」
 それは私も同感。
 季紗さんは勇希に鋭い口調で言い返す。
「うるさい、マザコン。ハッカに母親を寝取られて吠え面かけ」
「なっ……なんで僕がマザコンなんだ!」
 勇希は目に見えて狼狽えていた。
 マザコンでも悪いとは思えないけど。
 母親を大事にし過ぎて悪いということはないんじゃないかな。でも、それは私が勇希の母親だから思うのであって、世間一般では違う考えがあるのかもしれない。
 季紗さんは勇希の生活習慣について言及した。
「だって毎晩、母親と一緒に寝てるんでしょ。一四歳にもなって。それってマザコンじゃない」
「僕はマザコンじゃないよ!」
「じゃあサヨイに聞いてみるかな。ねえサヨイ。貴方はきくちんがマザコンだと思う?」
 勇希と季紗さんの視線が私に集中する。
 うーん、と私は少し考えた。
「普通じゃないかな」
「だよね」と勇希がほっとする。
「じゃあサヨイ。きくちんとお風呂にいつまで入ってた?」
「確か小学校六年生までだったと思うけど」
 にやり、と季紗さんは笑った。