雑草のはなし
○映像が映る【監督 多町裕二の話】
○男2「馬田」はいない。女は座り、男1は横でしゃがみ込み、女をなだめようとしてい
る。
男1 海野さん。
女 私、やっぱりやめます。
男1 え。
女 できるわけがない……。
男1 馬田が来てましたね。
女 えぇ。
男1 あいつ、このカットに否定的で。
女 …
男1 なんだか、やめさせようとしてる気がするんです。
女 それは、そうですよ。
男1 なんで?
女 だって、変です。
男1 変だけど、面白そうだ。
女 え?
男1 観たいんだ。
女 …。
男1 あいつは何を撮ろうとしてるんだ。
女 雑草…。
男1 そう、雑草だけなんです。
女 たった数秒の、ライトに照られるだけの…。
男1 えぇ、だけど多町はあなた方に演技指導をした。
女 画面には映らないです。
男1 えぇ。
女 なんでそんなこと…。
男1 おれはあいつがわからない。だから面白そうなんだ。
女 馬田さんは、監督の冗談だって。
男1 映画を撮る時、多町は全て本気です。
女 監督は、今までもこんな撮り方を?
男1 今回が初めてです。
女 抵抗しなかったのですか。
男1 俺もね、最初は怖かった。多町が怖くなった。
女 なら、なんで私にやらせようとするの。
男1 興味が勝ったんだ。どんなものが完成するのか。その興味が勝ったんだ。何よりも。
女 興味…。
男1 君は女優だ。
女 …。
男1 人気、知名度、演技力。どれをとっても中の下。
女 そんなの私が一番わかって…。
男1 けど、君にしかできない。
女 私にしか。
男1 監督にも、俺たちにも、そしてこの映画の完成には君が必要なんだ。
女 私はどうなるの?
男1 きっと、更に魅力の磨きがかかるよ。
女 こんなことで?
男1 こんなことだから。
女 …。
男1 他にない、多町の作品だから。得られるものがある。
女 多町監督だからこそ…。
男1 俺も、あいつの作品に魅せられたからね。
女 …やってみます。
男1 良かった。
女 私にできるかわからないけど…やってみます。
男1 君なら出来るよ。
女 …はい。
○「女」ハケ。
○映写機の映像がぷつりときえる。
○映像は消えたまま【制作 馬田繁々の話】
○男2入り。男1は椅子に座っている。
男2 津浪さん、彼女もやっぱりやりたくないようです。
男1 そうかな。
男2 え。
男1 俺はそうは感じなかった。
男2 話したんですか。
男1 あぁ。
男2 僕は、反対です。
男1 迷ってなかったか?
男2 もう、迷いはありません。反対です。
男1 そうか。
男2 どうしてもやるんですか。
男1 あぁ。興味がある。
男2 自分の興味だけで決めるんですか。
男1 お前も興味はあるだろう。
男2 …はい。
男1 何が起こっても目を瞑る気はないか。
男2 …。
男1 やるよ。多町と話してくる。
男2 …。
男1 じゃあな。
男2 …だめだ。
男1 …。
男2 だめだ! 狂ってる!
男1 かもしれないな。
男2 津浪さん、どうしちゃったんですか?
男1 映画を作るにあたって、監督は正義だ。
男2 皆、狂ってますよ…。
男1 狂ってるのは馬田、お前なんじゃないのか?
男2 え。
男1 監督のプランのどこに悪いことがある。
男2 ありますよ…。あんな撮影プラン…どうかしてる。
男1 ふん。どうせ、所在もしれない人間だ。
男2 あんたも、狂ってる…。
男1 何度も言うが、狂ってるのはお前なんじゃないか?
男2 なんで…。
男1 お前以外は皆、監督に賛成しているよ。
男2 おかしい…雑草を映すだけのシーンですよ…。
男1 撮影は始まるだろう。
男2 雑草だけのシーンで、画面には映らないんですよ?
男1 観てみたい。
○映像が映る。男2、映像を観る。
男2 ……。
男1 お前も。
男2 ……。
男1 観てみたいんだろ?
○男2、映像に魅入る。
男2 …、ああ……。
○男1も映像を観る。男1・2、映像に吸い込まれるようにハケ。
映写機の映像がぷつりときえる。