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連載小説「六連星(むつらぼし)」第51話~55話

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 「おいおい、ばあさん。
 もうその話は、勘弁してくれ。
 あれからもう一年になる。やっぱり思い出すと、辛いものが有る。
 こうして駅に居ると、娘がひょっこり、電車から降りてくるような気がする。
 生きているという証拠は無いが、死んでしまったと言う証拠も無い。
 亡骸でもあれば納得できるんだが、形がないままでは未練ばかりが残る。
 行政が出した死亡確認書という、たった一枚の紙切れだけでは
 逝った者も残されたものも納得ができない。
 だがこれもまた、被災地の宿命だ・・・・
 わしばかりがつらいわけではない。
 いまだに数千人が、東北では行方不明のままだからな」


 「ごめんなさい。
 私ったら、そんなことに全然気がつかず、のこのこと呑気な顔をして
 こんなところまでお邪魔してしまって・・・・」


 「大丈夫だよ。あんたは、なんにも悪くは無いさ。
 それに、この人がこんな嬉しそうな顔をしているのを、私も久々に見たよ。
 あ、断っておきますが、あたしとこの人はまったくの赤の他人だよ。
 古い付き合いで、こうして3度のご飯を運び始めてざっと10年になるかな。
 そうかい、旅の途中で、わざわざ広野まで足を運んでくれたお嬢さんか。
 で、家はどこなんだい、どこから来たのさ」


 「栃木県の、湯西川温泉です。
 でも訳有って、今住んでいるのは、群馬県の桐生市です」


 「群馬か、遠いねぇ・・・・
 で、今から帰るのかい、そんな遠くまで。そりゃあまぁ大変だ。
 あんた。何ぼんやりとしているのさ・・・・
 鉄道員ならこの子が今晩中に桐生まで、帰れるかどうか
 調べたらどうなんだい。
 まったく。いくつになっても気が利かないったら、ありゃしない!」


 夫婦善哉のような会話を聞きながら、響が苦笑を浮かべる。
駅員がパソコンを叩いて、時刻表を調べ始める。
少し昔までなら、ぶ厚い時刻表をめくって列車の接続を調べるところだが、
最近はキーボードをポンと叩くだけで、瞬時にして検索が終わる。


 「あれぇ、駄目だなぁ・・・・水戸線の最終列車には乗れるようだが、
 小山駅から出る両毛線の最終には、間にあわないようだ。
 お嬢さん。いまからでは、桐生まで帰るのは無理なようですね」


 「何呑気なことを言ってんだい、あんたは。馬っ鹿じゃないの。
 家まで帰りつけない人を、これから出る列車に乗せてどうすんだい。
 小山駅辺りで野宿でもさせるつもりかい。まったく。
 そんなことだから結婚にも遅れるし、子供が出来るのも遅かったんだ。
 あん時に、さっさとあきらめて、私の処へ婿養子に来ていればよかったのに、
 名前が変わるのが嫌だなんて駄打をこねるから、こんなことになるんだ」


 「えっ・・・・そんな隠れたエピソードが、お2人にはあったのですか。
 うふふ。やっぱり、ただの幼馴染ではなかったようですねぇ」



 「あっはは。ばれたか。今からざっと40年以上も前の話だよ。
 あたしもまんざらじゃなかったけれど、結局、この人とは縁がなかったんだ。
 こんな男はさっさと見捨てて、あたしは他の男と結婚をしちまったのさ。
 だけどね。幸か不幸か私の亭主は、あっさりと早めに死んじまった。
 この人の奥さんも、10年前に亡くなった。
 鉄道員を続けたまんま、この人は男手ひとつで娘さんを育て始めた。
 可哀そうだからと、こうしてご飯を運びはじめていつの間にか
 10年がたっちまったのさ。
 で、どうすんのさ、あんた。
 途中までしか帰れないのなら、今夜はあたしの家に泊まるかい」