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連載小説「六連星(むつらぼし)」第51話~55話

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 『嬉しいね。もう一杯、どうだい』と、駅員が目を細める。
『いただきます』と響がうなずくと、駅員が茶碗をもって立ち上がる。
ポットを取りに行くついでに、一冊のパンフレットを本棚から抜き出す。
『あとで列車の中で読むといい』と、響へ手渡しする。

 「とんぼのめがねを作詞した『額賀誠志』先生を紹介している
 パンフレットだ。
 先生は昭和12年に、その当時無医村だったここ広野町(当時は村)で
 内科の医院を開業した。
 そのころの先生は、児童文学の執筆活動を休んでいた。
 終戦直後。戦争に負けたことで、日本がアメリカ軍に占領された。
 子供たちもこの時点で、この時点で夢と目標を見失っていた。
 そんな状況を目のあたりにした先生が、このままではいけないと、
 児童文学の活動を再開した。
 パンフレットには、額賀氏が情熱的に話をしたそのときの言葉が、
 そのまま掲載されている。

 『戦後日本の子どもたちは、楽しい夢をのせた歌を歌えなくなった。
 子どもが、卑俗な流行歌を歌うのは、あたかも、
 煙草の吸いがらを拾ってのむのと同じような、悲惨さを感じさせる。
 私が久しぶりに、童謡を作ろうと発心したのも、そうした実情が
 余りにも濁りきった流れの中に、置き忘れられている現状である。
 しかし。私は子どもたちを信じ、日本民族の飛躍と将来とを堅く信ずる。
 この子どもたちが、やがて大人になる頃には、おそらく世界は自然発生的に、
 その国境を撤廃し、全人類が一丸となって愛情と信頼と平和の中に、
 画期的な文明を現出する時代が来るであろう。
 その時に当って、若い日本民族が世界に大きな役割を果たすことを信じ、
 いささかなりとも今日子どもたちの胸に、愛情の灯をつけて
 おきたいのである。』

 『とんぼのめがね』は、昭和23年の頃、上浅見川の箒平地区へ
 先生が往診に行った際、子ども達がとんぼと遊んでいる情景をみて、
 作詩したと言われている。
 平井康三郎氏が曲をつけて、ラジオ放送により爆発的に全国へ広まった。
 先生の代表作になった童謡です。
 先生の作品はこの他にも多数存在するそうですが、残念ながら私は、
 それ以上のことは、不勉強のために知りません」

 「とても、美しいお話ですね
 童謡は、子供たちの心に、愛情の灯をつけるためにあると思います。
 未来を見つめる大人ならではの、本音と言うか、切なる気持ちが偲ばれます。
 児童文学と言うものは、夢や希望や人としてのおおらかさを
 大切にするところに、本来の意味と価値が有ると、私も思っています」


 「もうひとつ。発車メロディとして使われている『「汽車」は、
 『鉄道唱歌」を作詞した愛媛県宇和島出身の国文学者、大和田健樹先生が
 東北地方を旅行されたおりに、書いたといわれている。
 JR常磐線のいわき市久之浜から、広野町間の景観を唄ったものとして、
 このあたりでは、語り継がれています」


 一息入れた駅員が、上方の壁を指さす。
そこには、広野町の美しい景色を写し取った写真パネルが、
いくつも並んでいる。
写真を順に眺めて行くうちに、響がひとつのことに気がついた。


 「原発と、火力発電所の建物が、ひとつも写っていませんね。
 あれほど大きな建物を、あえて避けて写しているようにも見えますが」


 「気がつきましたか、お嬢さん。
 全部、私の趣味による写真ばかりです。
 ご指摘のようにアングルを変えて、そうした施設たちが写らないように
 工夫をこらして撮影しました。
 原発と火力発電所は、この町にきわめて大きな恩恵をもたらしました。
 補助金や交付金と言う形で、大金が小さな町に交付されたからです。
 しかし、良いことばかりではありません。
 お嬢さんは、原発や火力発電所がなぜ、海の近くにばかり
 建てられるのかご存知ですか?」


 「いいえ。よくは分かりません。
 例えば、核燃料や火力発電のための原料が、危険な陸路を使わずに
 海から搬送が出来るようなメリットなどが考えられますが・・・
 そのこと以外は、ちょっと想像がつきません」