連載小説「六連星(むつらぼし)」第51話~55話
線路の北側に、レールと並行する形で広野町の商店街が並んでいる。
祝日の夕方だというのに、商店街の店は、ほとんどがシャッターを
下ろしたままだ。
街灯もほとんどが消えている。
明かりを持たない街は、すべてのものが押し寄せてくる日暮れの闇の中に
時間とともに沈んでいく。
道を歩く人の姿はまったく見えない。
ときどき、巡回中のパトカーが商店街の通りを行き会うだけで
それ以外、動くものはまったく見当たらない。
あっという間に途切れてしまう商店街のはずれに、一軒だけ民家が見える。
だがそこにも照明は無い。
民家もまた、時間とともに闇の中に沈んでいく。
「役場の機能が戻ってきて、避難している町民たちの受け入れ準備が
はじまったというのに、夜になるとまたここは元の無人の町に
かわってしまう。
人のいない景色は、なんとも寂しすぎます。
不気味さを通り越して、恐怖さえ覚えますねぇ・・・」
歩き始めた商店街の先に、海が有るような気配が漂ってきた。
潮の香りが、線路を越えた南の暗闇から流れてくる。
南側を見るために響が、前方に現れた常磐線のガードをくぐり抜けていく。
ガードを越えたその先も、やはり真っ暗な闇の世界だ。
しばらく目を凝らしていると、その先50メートルあまりのところに、
ぽつりと、民家らしい建物が浮かび上がってきた。
かすかな月からの光りを受けて、民家の白い壁が不気味に光りはじめてきた。
だがここにもまた、まったく人の気配は無い。
月の光に照らされて浮かび上がって来た家屋も、
その多くが、ほぼ倒壊寸前まで傷み具合が進んでいる。
時の経過とともに、やがてす、べてが崩落していく運命を暗示している。
壊滅への雰囲気が、目の前の薄闇の中に濃密に漂っている。
わずかに残った建物と、海までひろがっていく広大な更地の様子は、
あの日、高さが8mから9mに及んだ、激しい津波の傷跡だ。
街灯は一本も残っていない。
前方に有るはずの海岸線も、ただにぶい波音を響かせるだけで所在を
確認することは出来ない。
朽ち始めているコンクリートの土台だけが、かつてここに
集落があったことを示している。
(明かりと呼べるものが、何一つない光景を、私は産まれて初めて見ました)
背筋を凍らせて、響が暗闇の中で立ちすくむ。
あの日。広野の町はマグニチュード9の激震に、襲われた。
津波の警戒予報は出たものの、実際に到達した津波は人々の予測を
はるかに超えた。
10メートル近い巨大津波が、海岸線にあるすべての集落を呑み込んだ。
勢いを保ったまま、常磐線の線路まで達している。
かろうじて津波から逃れた人々に、福島第一原発がさらなる追い打ちをかけた。
避難所でひと息をつく暇もなく、わずか数日の後に当時の民主党政政権から
すべてを放棄してすぐに逃げろと言う、強制避難の指示が出る。
広野の町民たちにしてみれば、寝耳に水の出来事だ。
だが、迫りくる放射能の危機に容赦はない。
広野の町民は、すべてのものを放棄したまま住み慣れた町を追われる。
こうして広野は、あっというまに無人の町と化した。
あれから一年。5000人を越える町人たちは、いまだに
避難生活を強いられたままだ。
役場へ、町を復興させるために職員たちが戻ってきた。
だがそれは、日中だけに限られたことだ。
日が暮れると、ふたたび広野の町は無人の町に変わっていく。
降り続いていた小雨が、少し小止みになってきた。
これ以上ここに居るのは危険だと判断した響が、駅への道を戻りはじめる。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第51話~55話 作家名:落合順平