連載小説「六連星(むつらぼし)」第51話~55話
陸橋を越えていくと、前方に、職員が戻ってきた役場の庁舎が見えてきた。
隣接する消防署に、自衛隊の車両が数台停まっている。
役場の駐車場にはごく普通に、数台の乗用車が停まっているのが見える。
(7時前だと言うのに、もう駐車場に、乗用車が停まっているわ。
いったい誰が、なんのために集まっているのかしら・・・)
響が不審に思ったその瞬間、突然スピーカーからチャイムが鳴り、
防災無線らしい放送が流れてきた。
「こちらは…広野町役場です・・・・
本日、午前7時の空間放射線量は、0.45マイクロシーベルトです・・・・」
事実だけを簡潔に告げるアナウンスが、スピーカーから流れてきた。
数回にわたりゆっくりと繰り返されたあと、周囲にまた静寂が戻ってきた。
(なるほど・・・・こういう業務が、ここでは朝から必要になるわけですか。
0.45μSv/hというのは、人が住めないほどの放射線量ではないはずだ。
避難準備区域の指定が解除されて、行政も戻ってきたということは、
広野へ町民が帰ってくる可能性が、高まって来たようにも思えます)
そう思う反面、響の心の中には、何とも言えないわだかまりが浮かんできた。
たったいま見てきたばかりの、車が引き起こしている朝の大渋滞の光景だ。
異常と思える渋滞ぶりがどうしても、気になって仕方がない。
役場の庁舎をもう一度見つめてから、響が踵を返す。
ふたたび陸橋の上に立つと、あらためて渋滞している車の列を見下ろす。
(ほんとに。異常過ぎるほどの、車の渋滞だ。
原発の安全神話の崩壊は、深刻だ。
やっぱり、人間の力では、暴走した放射能を止めることは出来ない。
原発に向かう人たちは、そんなことは充分に知り尽くしているはずだ。
それでもこの人たちは、日本をなんとかするために、今日も
原発へ足を運んでいく。
これは勝ち目の薄いたたかいに、ひたすら参戦をしていく無謀な人たちの、
悲しい行列だ・・・・
私にはこの行列が、そんな風に見えてならない)
戻ろう。頭の中をよぎり始めた気持ちを振り棄てるように、
響が陸橋を後にして、また物音ひとつ聞こえない住宅街の中を歩き始める。
人の気配がまったく消えてしまっている住宅街には、時計の進行どころか、
朝の空気までが、止まっているように思える。
(こんな風に、誰とも出会わないし、
自分の歩く足音しか聞こえない、住宅街なんて絶対におかしい。
動いているものといえば、国道を埋め尽くしていたあの車の列だけだ・・・・
いや役場にも、朝の放送をしている人たちが居た。
それにしても、私がこの町に来てから、口を聞いた人といえば、
たったの二人だけだ。
行き会ったのも、電車で乗り合わせたわずかな人たちだけだ・・・・
5000人の住民が、200人になってしまうということは、実はそう言う意味になる。
ここは、時間どころか、空気まで止まってしまった町だ。
この景色は、生活を根底から失ってしまった、過去の町そのものだ・・・)
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第51話~55話 作家名:落合順平