連載小説「六連星(むつらぼし)」第46話~50話
「しかし。このままでは広野町は、ゴーストタウンになってしまいます」
響が吐息とともに、思わずそんな言葉を口にする・・・・。
パソコンの上に両手を置いた亜希子が、響の瞳を見詰めたまま、
すこし言葉を強める。
「まだ、人々が安心して暮らせる町ではありません。広野は。
現実的には町の多くの土地が、いまだに半径20キロ以内の立ち入り禁止区域に
指定されています
調査のかたわら、町の様子を見てきた私の感想では、
残念ながら、ほとんどのところで、廃墟化の動きもはじまっています。
人が住んでいないと言うことは、日常が失われたことを意味します。
人によって作られたものが、維持管理ための日常を失うと、
待っているのは、町と自然の崩壊です。
町が崩壊すると、同時に、豊かにひろがっていた自然まで失われていきます。
人工物がすべて滅ぶだけで無く、放射能の影響のために、
自然もまた連鎖を失って、滅びはじめていきます。
私たちは廃墟の中で、つぶさにそれらの現実を目の当たりにしてきました。
広野町の苦悩は、『このままでは町が廃墟になる』という、一点に尽きます。
復興計画では、すべての除染を今年の年末までに終わらせる予定です。
そのうえで、避難している全ての町民の帰還を実現させるという、
大きな目標を掲げています。
山田町長は『段階的に戻ってもらうが、簡単に復興が進むとは思っていない』
と、段階的に環境整備に取り組んでいく考え方を示しています。
一度壊れた町を復活させるのは、大変な事業です。
ですが広野町では、もうひとつ、原発立地ゆえの難しい問題も、
抱え込んでしまっています・・・・」
「もうひとつの問題?。なんですか、それは・・・・」
「行ってみれば、すぐに解る事です。
広野の町中では今、作業服にマスク姿という男性ばかりが目立っています。
福島第1原発にきわめて近いため、事故処理にあたる作業員たちの宿舎が
一気に、広野町の中に増えてきたためです。
広野町に住む、もと町民の数は250人足らずです。
それにたいし原発で働く作業員は、常時5000人を下らないと
言われています。
策定中の復興計画でも、むかしの広野町の町民数に匹敵する
「新住民」への対応が急務です。
山田基星町長は「ピンチをチャンスに変える」と断言しています。
原発関連の研究機関や、企業の集積を図るまちづくりを目指しています。
しかし依然としていわき市などを中心に、いまだに避難をしている
町民たちは、仮設住宅から広野町へ通い、
夜には戻るという生活を繰り返しています。
もともと住んでいた人たちが、夜になると町を離れて仮住まいに戻るのです。
5000人近い全国から来た男たちが、広野町の夜を闊歩しています・・・・
これでは広野町が復興したとは言い切れないだろうという、悲観的な声が、
戻って来たわずかな町民たちの間に、蔓延しています。
『医療や買い物先の確保なども、もっときちんした形で進まなければ、
町に戻る人たちの動きは、もっと鈍くなるだろう』と懸念する声なども、
あちこちで聞いてきました」
「夜になると、広野の町に居るのは、原発関連の男たちばかりなのですか。
ある意味、異様な光景の町ですねぇ。
必要悪だとは思いますが、すこし、恐いような気がします」
「あなたが危険を感じるのは、当たり前のことです。
夜間の外出は、細心の注意を必要とします。
ましてあなたのように若くて美しい女性なら、特に注意が必要でしょう。
脅かすつもりは有りませんが、日没後には外出をしないことです。
自分の身は、自分で守らなければなりません。
どうします。それでもあなたは、これから広野町へ行きますか?
行くのであれば、これから、乗り換えについてお教えいたします」
「今さら、後にはひけません。
広野がいま、どういう状態にあるのか、自分の眼で確認したいと思います」
「なるほど。見上げた覚悟。見事ですねぇ。
でも、そのくらいの気持ちと覚悟で広野へ足を踏み入れた方がいいでしょう。
無用なトラブルを避けるために、細心の用心は欠かせませんから。
あなた。男性経験は豊富ですか?」
「えっ!、男性経験ですか、あ。・・・いぇ、あの、その・・・」
「その様子では、免疫は無いようですね。
では、私の三種の神器を差しあげますので、これを持って行きなさい。
断っておきますが、あくまでもただの気やすめです。
私も常時、男性たちの中で働いていますので、一応用心のために、
こうした神器を携行しております」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第46話~50話 作家名:落合順平