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連載小説「六連星(むつらぼし)」第46話~50話

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 「まず最初に、必要なファイルを全部呼び出してください。
 呼び出した画面をひとつづつ、画面右上のマイナスの記号を押してあげると、
 縮小化されます。
 消えたわけではなく、画面下のタスクバーへ収納されます。
 縮小化した画面を、必要なものから順に呼び出し画面上に重ねていきます。
 その状態から、タスクバーの余白の部分にカーソルの矢印を置いて
 右クリックをすると『並べて配置する』という設定が現れます。
 『横に並べる」をクリックすると、ふたつのファイルが横に並びます。
 これの繰り返していくことで、いくつもの画面を同時に並べて
 操作をすることが可能になります。
 どうです。使いやすくなったでしょ。これなら数値の入力も簡単に出来ます」


 「あら本当ですねぇ。
 ねぇ、もしかしたらあなたは、パソコンの先生かしら?」


 「いいえ。これはウィンド―ズが持っている機能です。
 窓をたくさん開けて、同時に操作するという方法はこのほかにもあります。
 慣れるまではこんな風に呼び出して、操作をしてみてください。
 それにしても、細かい数字の最後についているこの記号、『 Bq 』は、
 たしか・・・・放射能のベクレルを意味する記号ですよね]


 「はい。『 Bq 』は放射能の量を表す単位のことです。
 よくこの記号をご存知ですね、あなたは。
 1 秒間に1つの原子核が崩壊して、放射線を放つ放射能の量が、1 Bqです。
 毎秒370個の原子核が崩壊して、放射線を発している場合は、
 放射能の量を 370 Bqと呼びます。
 水や食べ物に含まれる放射性物質の量のことを、
 「ベクレル」という、この単位で表示するようになりました。
 もう一つ。よく耳にする「シーベルト」は、生体への影響を表す
 量のことです。
 ちなみに、1ミリシーベルト(mSv)は、1シーベルトの1000分の1。
 1マイクロシーベルト(μSv)は、1ミリシーベルトの1000分の1です。
 国際放射線防護委員会(ICRP)によれば、1年に1mSvの放射線を受けると、
 一生のうちにガンになる確率は、0.000073増えるといわれています。
 1年に1mSvの放射線を浴びた人が、1万4000人いたとすると、
 そのうちの1人が、それが理由でガンになります」


 「あら、ごめんなさい専門的な話すぎて」と、女性がメガネを外す。
理性にあふれた黒い瞳が、メガネの奥から現れる。
女性があらためてにこやかな笑顔を、響に向ける。


 「宇都宮市で会社員をしている川崎亜希子と申します。
 もっとも、それは本社だけの話で、私はもっぱら那須の山奥で、
 牛の健康管理を担当しています。
 今日は福島県内で調査を終えて、これから那須へ帰る途中です」


 「あら、ご近所ですねぇ。
 私は塩原に近い、湯西川温泉の出身です。
 正田 響と言います。ついこの先日までは学生でしたが
 いまは訳ありで、家出中という親不孝な娘です。
 被災地の石巻で人探しを終えまして、おなじく私も家へ帰る途中です」


 「自己紹介が、とてもはっきりしていますねぇ・・・・うふふふ。
 わかりやすくて、大変に結構です。
 私は、放射線取扱主任者という資格を持っています。
 大学連合チームによる福島県内での被ばく調査に、ボランティアで
 参加をしています。
 牛の体内被ばく量と、健康減衰の傾向について研究するためです。
 警戒区域内の空間線量を測定して、警戒区域内の土や水、
 草などを採取します。
 汚染の状態を、こと細かに分析するためです。
 福島で集めてきたこれらのデータが、今後、栃木で役にたつかもしれません。
 フィードバックして、健康な牛を育てるために役立てたいと考えています」


 「素晴らしいボランティアだと思います。
 警戒区域内といいましたが、立ち入りは解除になったのですか?」


 「いいえ、一般の人はまだ入ることができません。
 私たちは学術調査と言うことで、特別に許可されました。
 もともとは、動物を保護することから始まった活動です。
 所属をしている日本動物福祉協会が、今回の震災と原発事故を受けて、
 緊急救援本部の一翼を担いました。
 支援活動の一つとして、私も被災地へ足を運ぶことになりました。
 最初のうちは、置き去りとなったペットを飼い主に届けたり、
 衰弱した動物の保護などが主な仕事でした。
 生き別れた愛猫との再会に、号泣した飼い主さんたちも沢山いました。
 そうした一方で、食料がないために、餓死したとみられる動物の死骸なども
 たくさん目の当たりにしてきました。
 『人間が安心して暮らせる環境を整えないと、動物の問題は解決しない』
 そのように痛感したことが、いまの活動の始まりです」

 「放射能による影響は、深刻です。
 素人の私でも、そのくらいのことは分かります。
 そうですか。あれから一年が経つと言うのに、いまだ立ち入り禁止の
 状態は続いたままなのですか」

 「原発から20キロ圏内ぎりぎりにある、福島県広野町が、
 3月1日に、いわき市に移していた役場の機能を、1年ぶりに本来の庁舎へ
 戻したというニュースを聞きました。
 役場の機能を移転した福島県内の9町村の中では、初の帰還です。
 町は町民に出した避難指示を、3月末に解除する予定をたてています。
 そこまでなら、今からでも行くことが出来ると思います」


 「避難していた広野の町の人たちは、戻ってくるのでしょうか?」

 「それについては、ご自分の目で、確かめられたらいいでしょう?
 ずいぶんとそのことに、興味が有りそうなお顔をしていらっしゃいます。
 家出中の身体ならなおのことです。
 暇も時間も、たっぷりと余っていることでしょう。
 パソコンを教えていただいたお礼に、そこまでの道のりなどを教えます。
 あなたなら、広野の町は、一度、見てみる価値が有ると思います。
 どうですか。行って見ますか?。広野まで」

 響の中で何かがぞくりとまた、静かに動きはじめた。