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連載小説「六連星(むつらぼし)」第46話~50話

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 住宅と高速道を隔てているのは、金網のフェンスだけだ。
玄関の戸を開けたとたん、高速で疾走する乗用車やトラックが目に入る。
最も近い場所で、10メートルあまり。
近過ぎるため、騒音を防ぐことは不可能だ。
開通した頃の三陸自動車道は、利用する車も少なく、閑散としていた。
震災の直後から、信じられないほど車が増え、通行量は一気に3倍になった。


 「仮設は基本的に、2年までの入居と制限がついています。
 それまでは、多少うるさくても文句を言わず、我慢しろと言うことです。
 隔てているものが金網のフェンスだけでは、不安もあります。
 騒音防止用の壁がまもなく出来あがる予定ですので、そのうちに
 ぐっすりと眠れるようになるでしょう。
 あ。どうぞ、あがってください。
 狭いところですが」


 招き入れられた茂伯父さんの仮設住宅の間取りは、1DKだ。
東日本大震災で建てられた仮設住宅は、1DK(6坪)・2DK(9坪)・3K(12坪)
の3タイプに分かれている。
一人暮らしの場合は1DKで、入居人数によって部屋数の多い住宅が
割り当てられる。
東松島の一戸建てに住んでいた人からすれば、手狭に感じるかもしれないが、
首都圏のアパートやマンションに住んでいる者からすれば、
そこそこだと感じるスペースがある。


 プレハブなので、防音は一切できない。
外観だけは、さすがに新築だけあり、キレイに仕上がっている。
お風呂、トイレ、シンクとコンロ、洗濯機の置き場があり、
ユニットバス方式ではなく、風呂とトイレは、別に設置されている。
洗濯機や冷蔵庫、炊飯器、テレビなどの家電製品は入居前から
すべて設置されている。
備品類のほとんどが、日本赤十字社に送られた義援金で揃えられたものだ。
エアコンも有るが、3DKであっても1台のみになっている。


 支援物資は、食器類や調理道具。布団。掛け布団。米10kg。
トイレットペーパーなどが、入居時に支給される。
こうした支援物資の支給は一度のみで、あとは自力での購入になる。



 仮設住宅に入居した瞬間から、被災者たちの新しい生活がはじまる。
ベランダがないので、洗濯物は外に干すしか方法がない。
ひさしがないので、雨が降れば濡れてしまう。
他人が普通に通る場所へ、洗濯物を並べて干すことになるので、
年頃の女性たちにしてみれば、かなりの抵抗が有る。
また仮設住宅は、市街地からかなりの距離で離れている。
買い物のために、送迎用のバスを使うか自前の乗用車を使うようだ。


 仮設暮らしに、個人のプライバシーはない。
急造の床は、寝心地が悪い。一人でゆっくり入れる風呂もない。
トイレも共同である場合が多い。
それでも、何も持たずに逃げ出したあの避難所の生活から比べれば、
ここには、天と地ほどの差がある。


 「私のように、一人で住むには充分です。
 そういえばあなたは、私が避難所で熱を出したとき、親切に看護してくれた
 あのときの、看護師さんだそうですね。
 道理でその人懐っこい笑顔に、見覚えが有ると思いました」



 「あらためまして。荻原浩子と申します。
 被災地で看護した人たちと、こうしてまた元気に
 再会できることに、喜びを感じます。
 看護婦にとって、元気そうなお顔を見ることがなによりの励みです。
 すっかり回復をされたご様子。まずは安心をいたしました」


 「治った訳ではありませんが、とりあえず身体のほうは落ち着きました。
 あの時の、みなさんの看病のおかげです。
 こうして生きながらえたおかげで、身内の英治と再会することが出来ました。
 生きていてよかった。そう、つくづく思います」


 「まさにその通りだと思います。あははは」



 仮設住宅に、浩子の明るい笑い声が響き渡る。
「ちょっと話が有る」と金髪の英治が、響の肩にそっと触れる。
南に面したサッシの引き戸を開けると、隣家と向かい合った路地に出る。
隣家との狭い空間が、お互いの通路としての役割を果たしている。
サンダルを突っかけた英治が、狭い通路を歩き出す。