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　震災の当日。常磐線では新地駅と坂元駅が、津波のために崩壊した。
新地駅では、4両編成の列車が脱線したあと大破している。
幸運なことに乗客と乗員は、事前に全員が避難していたため無事だった。
たまたま電車に乗りあわせていた福島県警の、新任警察官二人による
避難誘導のおかげで、全員が助かった。


　浜吉田駅 - 山下駅間では、JR貨物コンテナの貨物列車が脱線をした。
こちらも幸いなことに、機関士は間一髪で難をのがれている。
勝田駅 - 水戸駅間では盛り土が完全に変形したため、レールは
100メートル以上にわたって歪んでいる。


　「ということは私の旅は、広野駅が終点になる。
　そのさきには立入禁止の、警戒区域が横たわっている。
　亜希子さんの言っていた、自然が崩壊を始めたというゴーストタウンが、
　私を待っていることになる・・・・」


　常磐線は、海岸線に沿って東日本を北上していく。
スーパーひたちや、フレッシュひたちといった特急電車が、数多く走っている。
スーパーひたちは、停車駅を少なくした特急列車でグリーン車を連結している。
フレッシュひたちは、スーパーひたちが止まらない駅でも停車する。

　友部駅から響が乗りこんだのは、フレッシュひたちだ。
いわき駅までの所要時間は、１時間と３０分。
フレッシュひたちに乗車した時点で、時刻はすでに４時を回り始めていた。
折り返し地点になっている終点の広野町へは、日没前後の到着になる。



　「何が私を呼んでいるのだろう・・・・
　被災地の石巻で、なにかを見落としたような気がして、
　私はふたたびここから、被災地のど真ん中へＵターンしようとしている。
　海岸沿いから、福島の被災地へ入ろうとしている。
　私はなにを見たくて、わざわざまた、被災地へ逆戻りしていくのだろうか。
　私の中で、なにか、新しい感情が目覚めようとしている。
　期待と不安を、交互に抱きながら・・・・」


　常磐線をひた走る特急のフレッシュひたちは、山間の狭い谷と、
突然開けてくる海岸線の風景を交互に繰り返しながら、
ひたすら北上を続けていく。
いわきへ向かう乗客たちで、座席がほぼ満席に埋められているのにも
かかわらず、列車内は、意外なほどの静かさを保っている。
震災や、原発事故発生時の様子を話題にする乗客は、ほとんど見当たらない。
ただ静かに、押し黙ったまま時間だけを過ごしている。
延々と流れていく景色を見つめる目と、日暮れ前のほのかな春の光の中に
何故かどことなく、重苦しい空気が潜んでいる。


　17時42分。フレッシュひたちが定刻通りに、いわき駅へ滑り込む。
ガラスをふんだんに多用した駅舎には、明るい斬新な雰囲気が漂っている。
さらに北上していくためには、ここからは普通列車に乗り換える必要がある。
ホーム越しに、高架の歩行者用通路が見える。
その先の夕闇に、大型の商業施設が建ちならんでいるような気配がある。


　通路の途中で、パラパラと小雨が降って来た。
だが誰も傘を差さず、無言のまま、連絡通路を急ぎ始める。
あの日。放射能をまき散らした福島第一原発は、ここからさらに
40キロ余り北に進んだ地点にある。


　（福島から、たくさんの避難民を受け入れたいわき市は、
　もう、日常をすっかりと取り戻しているのかしら・・・・
　ここから見る限り、何処にでもある地方都市のひとつのように見えます。
　でも此処もやはり、あの日の津波で被害を受けているはずです）