連載小説「六連星(むつらぼし)」第46話~50話
下りホームに、4両編成の広野行きが待機している。
この辺りから先の常磐線は、地震の影響で大きな被害を受けている。
線路が陥没したり、駅舎や列車が押し流されたりするなど、甚大な被害を
いたるところで受けている。
最近になり復旧工事が終わった区間から、運転が再開されている。
いまでは久ノ浜駅を経て、立入禁止区域の最南端、広野駅(福島県広野町)まで
列車で行くことができるようになった。
しかしその先は、原発20キロ圏内の強制避難区域を通過していくため、
復旧どころか、線路の損傷状態すら確認が出来ていない状態が続いている。
4両編成の広野行きは、買い物帰りの女性や帰宅途中の高校生たちを乗せて、
ほぼ定刻にいわき駅を発車した。
列車内は閑散としている。1両に7~8人程度の乗車率だ。
いわき駅からは約15分。
少し前まで終点になっていた久ノ浜駅へ、列車が到着する。
プラットホームからは、海が近くに見える。
駅前には、数軒の商店が並んでいる。
周辺には、壊れかけた数軒の民家が残っている。
此処は一年前、あの日の大津波で、集落ぐるみの壊滅的な被害を受けている。
海沿いに広がっているのは、枯れ草が横たわるだけの荒野だ。
相当数の民家があったと思われるが、いまは土台のコンクリートだけが
残っている。
当時をしのぶ姿は、どこにも残っていない。
1日に9本だけ運行されている広野行きは、さらに北へ向う。
それはまた飛散する放射能で、東日本一帯を恐怖に導いた福島第一原発へ
接近していくことを意味する。
久ノ浜を出た列車は、5分ほどで日の落ちた広野駅へ到着する。
事故を起こした福島第一原発は、ここから25キロ余り北に位置している。
広野駅より北は、半径20キロメートル圏内の警戒区域にあたるため、
全ての列車が、ここで折り返し運転になる。
いわき駅から降り始めた雨は、一向に止む気配を見せない。
細かい雨が降り続く様子を確認した響が、大きな帽子を頭にかぶる。
10人ほどの乗客たちと共に、暗くなりはじめたプラットホームを
改札口へ向かう。
入れ替わるようにして、数人の客が列車に乗りこんできた。
しかしそれ以外に、人の動きはまったく見えない。
静かさを保ったままの駅舎と、町が、響の到着を待っている。
5分後。童謡「汽車」のメロディが鳴りはじめた。
それを合図に、列車が静かに広野駅のホームを離れていく。
「今は山中、今は浜」で始まる童謡「汽車」は、広野駅周辺の
車窓を歌ったものだ。
駅の構内には、それを記念した歌碑が建っている。
小雨が降りしきる中、響は改札口の庇(ひさし)の下で、遠く去っていく
列車の赤いテールランプを、
無言のままポツンと一人で見送っている。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第46話~50話 作家名:落合順平