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魔物は人間の夢を見ない

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 昼間訪れた例の屋敷は昼間と同様の静けさを保っていた。不気味なくらいに静かだ。夜の森の生き物の息遣いさえ感じない。
 ここにあの化け物が逃げ込んだのは間違いないだろう。アグリィの追跡符から逃れることができる存在などこの世にそう多くいないのだから。そこだけは信用してやってもいい。

「で、どうするんだ?」
「じゃああの部屋から入ろう」

 そう言ってアグリィが指差したのは屋敷の二階、左から二番目の部屋。その部屋だけカーテンが開いており、窓際に小さな小物がたくさん見える。たぶん姉のほうの部屋だろう。病気で臥せっているとかいう。

「そういえばあの化け物は一体何なんだ?」

 ふと思い出し尋ねてみる。アグリィならおそらく知っているという確信があった。なぜならわたしが今までどんなことを尋ねても、アグリィはいつも必ず答えをくれたからだ。

「あれはね、シアン。人工的に作られた生き物だよ。両親の研究データを利用すれば経験がなくとも魔力があればあれくらいは簡単に作れるだろうね」
「なるほどな。どうりで魔物とは臭いが違うわけだ。しかし命を狙うほど嫌われるとは、さすがだな」
「そうだねえ。だったらまだいいんだけど」

 何か含みがあるように感じたが、その中身まではわからない。アグリィはそれについてはそれ以上語らず、二階の窓を見上げて目を細めていた。人間は夜目がきかない。

「なぜあの窓なんだ? 入り口からでもいいだろうに」
「病気だって聞いたから、弱いほうから潰したほうが楽だろう? 人質にも使えるしね」

 笑いながらかなり悪役じみた台詞を言う。しかしどうせいつものことなのでわたしも気には止めなかった。アグリィは善人か悪人かといえば、間違いなく悪人の方なのである。わたしが読む小説たちにもよくアグリィのような悪役が出てくる。そして必ず倒されて惨めな死に方をする。だからこいつもおそらく惨めな死に方でもするんだろう。わたしの関係ないところで死んでくれる分には一向に構わないので、早く死ねばいい。

「わかった。落ちても拾わないからしっかり掴まっていろ」

 わたしはアグリィを小脇に抱えてふわりと宙に浮き上がった。アグリィはわたしが荷物のように抱えたことに不服の表情を見せたが、わざと気づかないふりをしてやった。
 窓の横にぴったり張り付いてそっと中を窺う。首を回して自分も覗き込んだアグリィが小声で言った。

「真っ暗だね」
「夜だしな」
「そういう意味じゃなくてさ」

 部屋は明かり一つなく薄闇に覆われていた。アグリィには何も見えないのだろうが、わたしの目には部屋中にかわいらしい小物や人形、花などが所狭しと並んでいるのが見える。また、どこの王族だと言いたくなるような天蓋付きのベッドには誰かが横になっているようだが手前にある人形が邪魔で顔まではわからない。おそらくこれが姉だろう。

「何が見える?」
「誰か寝ている。姉じゃないのか」
「寝ているって? あんなものを人様に送りつけておきながら? 呑気なものだね」
「でも、病気なんだろう? あるいは弟がやっているとか」
「それはあり得るね。とりあえず入ってみようか」

 アグリィは懐から魔術符を取り出し、窓にかざして呪文を唱える。すると部屋の中で小さな金属音がして窓の鍵が破壊された。昼間、少年が入り口を開けたときにも魔術の欠片は感じなかった。どうやらこの屋敷には魔術による罠や警報機の類はないようだ。あれだけの化け物を作っておきながら警備がザルすぎて気味が悪い。ひょっとしたらこの屋敷そのものが何らかの罠なのではないだろうかと勘繰ってしまう。

「才能の有無はともかく、経験がないんだろうね」

 アグリィはわたしの心を読んで小声で意見を述べる。なるほど、たしかにそのほうが昼間の様子から見ても納得がいく。しかし一応警戒は怠らないほうがいいだろう。突然あの化け物が現れる可能性もあるのだから。

 そんなわたしの思いをよそにアグリィは全く警戒することなく窓を開け、無造作に足を踏み入れた。わたしも入らないわけにはいかないのでアグリィの後に続く。

 暗闇に目を凝らせばベッドの上には白いドレスを身に纏った少女が横たわっていた。少女の頭の両脇には少女を守護するように熊と猫のぬいぐるみが鎮座しており、少女の顔は手前にある猫のぬいぐるみのせいでかなり近づいて上から覗き込まないとわからない。

 アグリィはベッドへと歩み寄る。わたしは窓の側に立ったまま何が起こっても対応できるよう周囲を警戒していた。アグリィがベッドに近づいても少女はピクリともしない。まさか本当に眠っているのだろうか。さっきからわたしの中の魔物が何かおかしいと騒いでいる。この少女は何かおかしいと本能が告げている。それなのに違和感の正体が何なのか、突き止めることはできなかった。長く人間のふりをさせられて勘が鈍っているのだろうか。だとしたらひどく憂鬱だ。

「レディ、こんな夜更けのあなたの枕元へ参上することをお許しください」

 相手は寝ているのだから無意味だろうに、アグリィは貴族がするような身振りで礼儀正しく一礼した。
 いいから早くしろ。敵地の真っ只中だということを本当にわかっているのかこの馬鹿は。
 わたしがいらついていることを知ってか知らずかは不明だがようやく顔を上げたアグリィはそこではじめてベッドの真横に立ち、未だ身じろぎ一つしない少女の顔を覗きこむ。

 その瞬間、部屋の空気が変わった。
 突然の変化にわたしは周囲を見渡す。しかし何も異常はない。

「当てが外れた」

 嫌悪の色を滲ませたアグリィの声。そこでようやくわたしは部屋の空気を変えた存在がアグリィ本人であることを覚った。

「どうしたんだ?」

 わたしの問いにアグリィは答えない。しばしの沈黙が落ちる。何かを考え込んでいる様子だった。こんな風にアグリィが感情を露にすることは珍しい。わたしも何があったのかと歩み寄りかけたところで悪戯な月明かりがアグリィの横顔を照らし出し、息を呑んだ。なぜだかひどく泣き出しそうな、そんな表情をしていた。

 しかし一瞬後には幻のようにそんな表情は消え失せ、わたしが何かを言う暇もなくアグリィは振り返っていつもの調子で微笑んだ。

「シアンは猫と熊ならどちらが好き?」
「突然何の話だ?」
「深い意味はないよ。別にどちらでもいいんだ」

 わたしには本当に意味がわからない。しかしこれが今の感情に対してこいつの出した答えなのだろう。だからわたしは諦めて、答えないと話が進みそうにないので手前にあった猫のぬいぐるみの方を選んだ。

「じゃあ、猫」
「うん。わかった。レディ、あなたのお気に入りのこの人形、少しの間お借りしますよ」

 アグリィはもう一度眠り続ける少女に一礼してから恭しい手つきでそっと猫の人形を抱き上げた。
 邪魔な人形が取り去られ、少女の顔が初めてわたしにも見えるようになる。しかし、その顔はわたしが想像していたような穏やかな寝顔ではなく。

「お前たち、そこで何をしているんだ!」

 それは穢れなき白のドレスを身にまとった白骨死体だった。