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魔物は人間の夢を見ない

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 今回の目当ての魔術師の家というのは町の南のはずれにあった。というか何もない森の中にぽつんとぼろ家がある感じだ。しかしぼろくてもそれなりにでかい。まるで貴族の別荘のような風情だ。
 魔術師は一山あてればぼろ儲け(アグリィ談)なのでこういうでかい家に住んでいる輩も多い。そして総じて魔術以外に興味がないので掃除は行き渡らない。それならでかい家をつくるなというのが魔物の感想なのだが人間の考えていることはよくわからない。

「誰も出てこないねぇ」

 玄関口のベルを鳴らしてしばらく待ってみても変化はない。アグリィはのんびりとした口調で言ってカーテンの閉ざされた窓たちを見上げた。魔術師というものは居留守を使いたがる生き物なので、これもやはりごく普通の現象である。

「勝手に入っちゃおうか」
「この前それでひどい目にあったのを忘れたのか? 人間とはつくづく都合の悪いことを忘れられる便利な生き物だな」
「シアンってば、この前のことまだ怒ってるの?」
「むしろあれはわたしの中でいい思い出として記憶されている。個人的には是非また同じ目にあってほしいと願っているのだが主人を守るのも契約のうちなので嫌々ながら忠告してみた」
「……ああ、そう」

 あれは一週間ほど前、ラキットの町でのことだった。アグリィがいつものように魔術師の家を訪ねると居留守を使われ、勝手に入ろうと扉を破壊したら飼育中のゴーレムがアグリィを派手に蹴っ飛ばして脱走したのだ。あれほど躾のなっていないゴーレムというのも珍しかったしアグリィがひどい目に合うのはとても楽しいのでおもしろかったが、その後三日三晩逃げたゴーレム探しに時間を費やしたのはとても面倒くさかった。

 そんなことを話しているとようやくガチャリと鍵を開ける音がして、両開きの扉が片方だけ小さく開いた。おやこれは珍しい。居留守ではなかったか。

「どなたですか?」

 扉は指がぎりぎり入る程度しか開けられておらず、そこからまだ幼さの残る少年が覗いている。こいつが酒場の男の言っていた姉弟の弟のほう、ビークスだろう。アグリィは一応警戒しているつもりらしい人間の子供に、小さな動物でも見るような微笑ましい目で笑った。わたしはその笑いの意味を知っている。アグリィは宿屋のドアと窓にいつも必ず無理に開けようとしたらその者を呪い殺す仕掛けを施しているのだ。そしてよく解除し忘れて次の町へ旅立ってしまうので度々宿屋の主人が呪われたという噂を風に聞く。

「僕はアグリィ・マクスウェル。こちらは連れのシアン。亡くなったコンラート夫妻の研究に興味があってね。しかし亡くなったと聞いてとても残念だよ。できたら生きているうちに一度お会いしたかったな」
「はぁ……」
「よかったら夫妻の研究資料を少し見せてもらえないかなあ。ああ、安心してほしい。別に研究資料を盗んでお金儲けに使おうなんて思っていないよ」

 いつもの営業スマイルで弾丸のように語りかけるアグリィだが、どう見ても親のいない隙に子供にうまいこと言って金目の物を盗む堂々とした泥棒か詐欺師のようにしか見えない。それともこれはわたしが奴の性格を知っているからだろうか。そう思ったらビークスもやはりわたしと同じような空気を感じ取ったらしく、開いていた隙間が更に狭くなった。やれやれ、これは失敗だな。所詮アグリィが説得できる人間なんて頭の悪い貴族の女くらいなのだ。

 それからしばらくアグリィは説得を試みるが、わたしの予想通り扉はパタンと音を立てて閉ざされてしまった。ガチャガチャと鍵をかける音がその後に続く。嫌われたものだ。

「父と母の研究データはよその人に渡せません。それと病気の姉の看病で忙しいのでもう来ないでください」

 扉の向こうから思ったより毅然としたビークスの声が響く。まだ扉の向こう側にいるようだが、もうアグリィが何度呼びかけても一向に返事をする気配はない。どうやらこちらが引き取るのを確認するためにそこにいるだけのようだ。

「明らかに怪しまれていたな」
「なんでだろう。あんなに普通の人っぽくしたのに」
「醸し出すオーラが変態だから」
「……シアンは手厳しいなあ」
「で、どうするんだ?」

 とりあえず今後の予定を尋ねてみた。アグリィのお願いはいつも大抵このように断られるのだが、そのまま諦めることもあればこっそり忍び込んで研究データを盗むときもある。もっとひどいときは正面から堂々と押し入って強奪する。そんなことばかりしているので魔術師のアグリィといえば帝都ではお尋ね者として名が知れてしまい、仕方なくほとぼりが冷めるまで田舎に居を構える魔術師の家々をこうして渡り歩いているのだ。しかしこう田舎でも悪名を轟かせていてはいつまで経っても実家に帰るどころか、田舎でもお尋ね物になる日はそう遠くないだろう。そろそろ賞金でもかけられやしないかとわたしは日々楽しみにしている。

「とりあえずあと二日粘って、駄目なら忍び込む。この防犯体制なら楽勝だろう」
「そうか。それはまたお前の悪名が上がるな」

 わたしの厭味にアグリィはにっこりと笑顔を浮かべた。

「僕は君さえいてくれれば、他の人からどう思われようと少しも気にしないよ」

 このお尋ね者の何が一番問題かって、この腐りきった頭が問題だ。どうにかならないものだろうか。
 己の主人の駄目さにわたしは、今日も溜息を吐く。