光の雨 神末家綺談最終章
きっと、気のせいだ。ただのデジャヴ。
そう思って自嘲気味に笑ったとき。
「伊吹っ、」
若者の声がした。反射的に振り返る。自分が呼ばれているのだと、老人にはわかった。
聞き覚えのないその言葉、おそらく名前に、自分の中の何かが目を覚ましたかのような感覚。
「伊吹、いつかまた」
眩しい笑顔を残し、青年は背を向けた。そのまま妹とともに去っていく。
伊吹、とは誰のことだろう。わからない。聞き覚えもない。
それなのに、老人の瞳からは涙が溢れるのだった。遠い遠い昔、どこかに置き去りにした大切なものを、いまそっと手渡してもらえたかのような優しさが、静かに胸を満たしていく。
いつかまた。
彼の言葉を信じていれば、またいつか会えるだろうか。
いまではないいつかで。青年の言う、輪廻の果てで。
「・・・雨?」
涙でぬれた瞳で見上げれば、日に照らされた光の粒が、空から降ってくるのが見えた。祝福のように。
作品名:光の雨 神末家綺談最終章 作家名:ひなた眞白