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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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光の雨 神末家綺談最終章

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「ねえ、お兄さん。その人の手を、絶対に離しちゃだめだよ」
「え?」
「よくわかんないけど・・・俺、それを言うためにここに来たような、そんな気がするんだ」

それが、自分に課せられた役目のようなものだったのだと。

「・・・そうか。妙なやつだ。なあ、みずはめ」
「なれど兄様。この者は、不思議と懐かしい匂いがします」
「・・・わたしもだ。なんなのだろうな、これは」

差し出された青年の手を、伊吹は反射的に握った。見詰め合う。瞳の揺らめきに吸い込まれそうになる。この瞳を、自分は遠い昔に見たのだろうか。美しい瞳だった。

「・・・やはり、わたしはおぬしをどこかで――」

青年が言いかける。しかしそれを制して伊吹は言う。思い出してはいけないような、そんな気がしたのだ。

「さあ行って。二人を見送るのも、たぶん俺の役目だから」
「・・・なぜかな。おまえと、こんなにも離れがたいのは」

温かい、手だった。妙に手に馴染む気がする。

「気のせいだよ」
「・・・何を、泣いておるのだ。どこか、痛むか?」

言われて気づく。自分が泣いているということに。

「わ、かんないけど・・・」

ぼたぼたと、涙腺が壊れたかのように涙が落ちる。温かな手の感触が、言葉にできない感情を胸に生む。泣きたい気分でもないのに。それはまるで、自分の中にいる見知らぬ誰かが、声をあげて泣いているかのようだった。

「・・・おぬしの名は」
「お、俺の名前は・・・」

俺の、名前は・・・。
祈りを込めて、つけてもらった名前・・・。

「・・・伊吹だよ。命を運んで吹いてくる風の名前」

伊吹、と青年が呟くように言って笑った。

「良い名だな。忘れない」
「・・・さようなら、」

手が離れる。二人が静かに、森から去っていく。

もう二度と、触れ合うことはない。
森に立ち尽くし、伊吹は夜と草の匂いをかぐ。


二人はもうわからないが、ここで神末の物語は終わった。
月が静かに沈み、森に風が吹き荒れる。景色が徐々に閉じていく。

始まりであり、終わりであるこの場所も、歴史からなかったことに、なる。

彼の役目は終わった。
残されたのは達成感や満足感ではなく。

言葉に出来ないようなせつなさだけ。

だけど、なぜせつなく思うのかは、もう永遠に、知るすべがないのだった。


――それでも。



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