光の雨 神末家綺談最終章
この手を離して
婚礼の夜も、こんなふうだった。穂積は石段の途中で足をとめ、月夜に照らされる山々を見渡す。
木々の開けた頂上付近。ぽっかりと浮かぶ、満月。
満開の山桜が散り。
蛍が飛び交い。
そして、雪が降っている。
季節が交じり合い、それは同時に境界を曖昧にしているのだった。
お役目を継ぐその夜も、穂積は一人、この山に佇んでいた。四季の入り混じる美しい光景。しかしそれは、この世のどこを探しても存在しない世界。ここは常世といえる。みずはめの眠る、彼女の意識世界へと続く道。それがこの石段なのだった。
「美しいな・・・」
山桜が、生ぬるい風に吹かれて、雪とともに舞い降りてくる。満月の光に照らされたその美しい光景に、時を忘れて魅入る。穂積の着物の袂を、風雪が柔らかく揺らした。
この光景を作り出している少女の魂に呼ばれ、穂積はここにやって来ていた。
今こそ役目を果たす時なのだ。悠久の彼方から待ち焦がれていたみずはめの願いが、そして瑞の願いが叶う夜。
「来たか」
気配に振り返ると、石段の下から瑞が現れた。柔らかな髪が揺れ、そこからのぞく見慣れた瞳は、これまで見たどんなときよりも静かな色をたたえていた。
作品名:光の雨 神末家綺談最終章 作家名:ひなた眞白