「蓮牙」1 蓮牙
特別市法は、確かに前科者にとっては有利な法であるかもしれないが、それを犯すものに対しては容赦なく、苛烈なまでの刑を科していた。ドームの治安維持にあたるシオニード公安警察は、ドーム内においては軍や広域警察以上の権限を持つ。拷問、深層心理操作、犯人の射殺――広域警察では制限を受けているそれらのことも、公安警察は自分たちの権限で自由に行うことができた。それゆえ、多くの犯罪者を抱えていても犯罪都市シオニードの治安は、辛うじて外界と同じ程度には維持されてきたのだった。
「ゲート」をくぐり抜けた男は、街の入り口で立ち止まりきょろきょろと辺りを見回した。
辛子色のアロハシャツに白い膝丈の半ズボン、足にはサンダルを引っ掛け、ベルトにマスコットの付いたキーホルダーで細い刀をぶら下げている。刀の黒い鞘には、赤く絵のような書体で「蓮」という文字が巻き付いていた。
蓮牙――それが男の名前だった。
蓮牙はしばらく考えた後、中央の大通りを選んで歩き始めた。
こういう街では昼と夜とが逆転している。大通りといえども「昼」に設定されている時間帯には人影も疎らだ。開いている店と言ったら二十四時間営業の雑貨屋か、ファーストフード店くらいである。
蓮牙はポケットに手を突っ込んで小銭を取り出すと途中の販売機で水のボトルを買った。
くーっとまた腹が鳴る。
彼はここ数日ろくな食事を取っていなかった。
まずこの星へ来るために有り金を全部はたいてしまったからだ。
彼の住んでいた第一惑星カセルからこの第三惑星ティエンまでは、旅客航路はなく、貨物としての運賃はそう高いものではなかったが、元々金など必要のない自給自足の村に暮らしていた彼にとっては、やっと貯めたなけなしの金だった。
ここでは水を飲むのにも金がいるのか。
彼は哀しげにボトルに目を落とした。
第一惑星カセルは、濃い大気と活火山、熱帯性樹林の惑星で、大規模な移民は行われていなかった。ただ、資源は豊富で、無人のプラントとその輸送のための宙港だけは作られていた。
僅かに居住している人間は、その宙港の管理員と、ジャングルの中にいつの頃からか住み着いている一握りの漂着民だけだった。
「腹減った…」
蓮牙は村の生活を想いながらボトルの蓋を開けた。