「蓮牙」1 蓮牙
1 蓮 牙
くーっと腹を鳴らしながら、男はシオニード特別市の建前上唯一の出入口である「ゲート」をくぐった。
シオニード特別市は、ドーム都市である。第四星域キリル恒星系の第三惑星ティエンに入植当時から残る頑丈なドームのうち最も小さいものに、星系内の娯楽関連施設を寄せ集めた星系随一の大歓楽都市だ。
この手の歓楽都市はどこの星系にも一つは存在するもので、第一星域の「黄昏」、第二星域の「エデン」と並び、シオニード特別市は宇宙連合の三大極楽土の一つに数えられていた。
「パラダイス」としての質や大きさでは、「黄昏」や「エデン」には到底敵わなかったが、シオニードはその名の通り特別な都市だった。
宇宙連合、第四星域艦隊、広域警察などと結んだいくつかの協定に基づいて作られた自治政府による完全な独立都市。独自の法を持ち、第五星域の惑星ヘイズを除いては唯一、宇宙連合も軍も広域警察もそのすべての権限を失う場所なのである。
軍や広域警察の力が及ばない歓楽都市には、それゆえ多くの犯罪者たちが吹き寄せられてきた。
ドームの「外」での罪はドームの「内」では問われない。それだけでも犯罪者たちはこの街を目指してやってきた。その上、ここでは、一般では禁じられている強い薬や高性能のセクソイド、法外な賭け率の賭博に人身売買――それらすべてが許されているのである。まさにここは、犯罪者たちにとっては恰好の避難場所であり、「パラダイス」であった。
しかし、シオニード特別市においては、ほかのすべての法が力を失う代わりに、「掟」とも呼ばれる強力な定めがあった。シオニード特別市法――。
特別市法はドーム内に存在する唯一の法律だった。
広域警察などはシオニードを無法地帯と呼んで憚らなかったが、無法地帯には法より厳格な掟が存在するものだった。