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華鏡(はなかがみ)~鎌倉のおんなたち・時代ロマン小説連作集~

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(了)










 姫小百合(ひめさゆり)
  花言葉―飾らぬ美、純潔、私の心の姿





                 (了)       


 華随想

 こんにちは。全二話で完結予定のお話が何と第四話めができてしまいました。
 ここでまずお断りしておかなければなりません。この『華鏡』シリーズ、第三話までは辛うじて歴史小説に近いスタイルを保っていましたが、第四話からは時代物となっています。つまり、第二話までの話よりも第四話はよりフィクション性が強いということです。
 藤原頼経の妻は確かに藤原久能の娘ですが、名前も私が考えたものですし、歳も違います。調べたところによると、大宮どのと尊称された頼経の二度目の妻は、前妻竹御所と同様、かなり年上らしいのです。少なくとも十歳以上は年上です。
 今回、史実に忠実に物語りを作ると、これはまたも?尋常でなく歳の離れすぎた良人と妻の物語?になってしまい、竹御所の話の設定と何ら変わりません。なので、作者が勝手に大宮どのの年齢を設定しました。
 何か頼経はあり得ないほど年上の女性ばかりに縁があったんですね―笑。私の心としては、今度は可愛い彼につりあった奥さんを是非という想い(母心に近いかも)がありました。
 そういうわけで、大宮どのの名前は借りましたが、そういう人物がいたのは確かというだけで、この物語はほぼ私の作り上げた虚構で、史実とは異なります。それだけはご理解下さいませ。
 そういうことを踏まえた上で、この物語を少しでもお楽しみいただけたとしたら嬉しい限りです。 
 そして、ここで終わるはずだった物語は更に続いてゆくことになりました。書いている中に、私自身が登場人物にとても愛着を抱いてしまったようです。なので、今しばらく、この物語は続きます。第五話まで再び少しお時間を頂きますが、また少しでも良いものをお届けできるように頑張りますので、よろしければ、またそのときにご覧いただければ幸いです。
 それでは、今回もありがとうございました。
    東 めぐみ拝         
 2014/12/16
 
  

 ☆第五話 『今宵の桜〜義高と大姫のものがたり〜』

今宵の桜〜義高と大姫のものがたり〜 

 政子はそっと小さな息を吐き、娘を見やった。元々色白であった大姫の雪
膚は白いというよりは蝋のように透き通っている。それは色白と形容するよ
り、明らかに病的な不自然な色合いだ。そう、今宵、紫紺の空を飾る妙に白ん
だ病んでいる月のように。
 政子は立ち上がり、部屋の蔀戸を細く開き、外を覗いた。四角に切り取った
窓の向こうには漠としたしじまの世界かひろがっていた。
 ぬばたまの闇一色が支配する夜の世界。その静寂に押し潰されそうな気さえ
して、緩くかぶりを振り、余計な想いを心から閉め出そうとする。丁度、姫の
居室の窓からは今を盛りと咲き誇る桜が見える。漆黒の闇を背景に爛漫と花開
く桜の大樹と満開の花をつけた枝越しに掛かる危うげな満月。かつて頼朝が愛
娘のために作らせた螺鈿細工の小箱に象嵌された意匠と似ていた。
 頼朝は四人いる子らの中、特にこの初子の長女を溺愛していた。大姫を時
の帝の許に入内させようと目論んだ良人の心の中には野心ばかりではなく、こ
の最愛の娘の幸せを願う親心も多分に含まれていたのである。確かに何かと幕
府に反抗的な年若い帝を搦め手から鎌倉方に取り込むために、大姫は美しい楔
(くさび)として必要であった。
 が、愛する娘には最高の縁を―、それもまた、頼朝の父としての願いであっ
たのだ。後鳥羽天皇との縁組が正式に整ってからというもの、大姫の入内の支
度は着々と整えられていった。
 頼朝は鎌倉幕府初代将軍の長女としてふさわしいだけの支度を整えるよう命
じ、すべてにおいて当代一流の職人がその技術の粋をもって最高の美々しい調
度を整えた。彼(か)の名作?源氏物語絵巻?の数々の名場面を見事なまでに
再現した屏風図絵は中でも人眼を引くものであった。
 頼朝は愛娘の嫁入り支度に金に糸目はかけなかった。それなのに、姫の身体
を蝕んだ病魔はそんな頼朝の努力をあざ笑うかのようにゆっくりと、だが、確
実に進んでいった。
 入内の支度が進むにつれ、頼朝が姫のために用意した調度類はひと間どころ
かふた間、三間と占領するほど増えていったのに、姫は自分のために整えられ
た美々しい調度を見ても笑むどころか、疎ましいものでも見るかのように顔を
背けるばかりであった。
―十三年前、遠いあの世に旅立った義高どのが姫の魂を共に持っていってしま
ったことよ。
 政子はまた、一つ溜息を零した。大姫は今年、十九歳になる。今を去ること
十四年前、大姫は五歳の幼さで婚約したのであった。相手は五歳年上の源義高
という少年であった。義高は源義仲の嫡男である。義仲は頼朝の従弟であり、
かつて平家討伐にも大功のあった武将だった。しかし、?朝日将軍?ともては
やされ?鎌倉どの?と呼ばれる将軍頼朝を無視する専横なふるまいが次第に目
立つようになった。
 頼朝は結果として、義仲を殺した。更にまだ幼い息子の義高をも惨殺したの
だ。政子のとりなしも頑として受付なかった。
―義高どのはまだ十一の童にすぎませぬものを。出家させて、どこぞの寺に入
れれば済むことではございませんか。
 が、頼朝は冷めた声音で断じたのだ。
―義高を不憫と思えど、要らざる情けをかけては後々に禍根を残すことにな
る。そのことは、わしがよう知っておるのよ。
 かつて保元の乱で十四歳だった頼朝が平家に囚われの身となった時、平清盛
は頼朝を殺そうとした。だが、清盛の継母池禅尼が頼朝の生命乞いをして死一
等を免れ伊豆の蛭ヶ小島に流刑で済んだという経緯がある。
―清盛入道はあの時、ひと想いにわしを殺さなんだことをいかほど後悔したで
あろうか。
 そのときの頼朝の横顔を政子は今もありありと思い出せる。冷え冷えとした
声音と同様、その整った顔も塑像か何かのように温かみの欠片も感じられなか
った。
 確かに良人の言葉は正しかった。清盛は宿敵義朝の遺児に情けをかけたこと
を恐らくは死の間際まで後悔し続けたことだろう。
 清盛が臨終の際、
―憎き頼朝の首を取り、我が墓前に供えよ。
 と、居並ぶ子々孫々に遺言したことは伝え聞いている。
 それほどの憎しみと心残りを抱いて死地に向かう清盛を哀れだとも恐ろしい
とも感じたものだったけれど―。
 頼朝の言うとおり、義高を殺したことで、後々の禍根は断てたかもしれな
い。だが、頼朝が殺した義高は可愛い娘の魂を道連れにあの世に旅立ってしま
ったのだ。
 義高が殺されたことを知った大姫の嘆きは見ていられないほどだった。毎
日、日がな泣き続け、あれだけ泣いて、よくぞ涙が尽きぬものだと政子ですら
呆れたほどだったのだ。涙が尽きた後は、ただひたすらボウとして過ごす無為
な日々が続いた。毎日、廊下に座り込み虚ろなまなざしを庭に向けるだけの日
々、放っておけば食事さえしない有様だった。