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華鏡(はなかがみ)~鎌倉のおんなたち・時代ロマン小説連作集~

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 結局、彼は先妻の竹御所との間にはさっさと子を作ったものの、後添えに迎えた自分との間には子は作りたくないのだ。それだけ自分は愛されていない。?愛されぬ妻?。その言葉に、今更ながら泣けてきて、姫小百合のピンク色が涙の幕の向こうでぼやけた。
 その夜、瑶子は頼経の腕の中で、どうしても燃えることができなかった。いつもなら素肌を這い回る手のひらの熱さにあえかな声を洩らす妻が何の反応も示さない。頼経もそのことには気付いたらしく、営みは更に烈しいものになった。
 千尋の海の底を思わせるような寝所の中で、瑶子の啼き声がひっきりなしに洩れる。
「あっ、ああ、もう、苦し―」 
 瑶子は頼経に向かい合う形で膝の上に座らされている。二人の身体はぴったりとくっついているので、繋がり合う箇所はいつもより深く、殊に瑶子の感じやすい箇所に頼経の剛直が当たっていた。
「許して、もう駄目、苦しい」
 瑶子の眼から涙が溢れた。頼経の愛撫はかなり執拗で的確だ。瑶子の身体の感じやすい部分は知り尽くして、その上で責めてくる。
 頼経の動きがひときわ速くなった。下から幾度も烈しく突き上げられる度に、瑶子の白い身体がビクビクと跳ねる。今夜は既に数度は達している。心で燃えられなくても、女の身体は正直なのだ。
 それなのに、頼経は解放してくれるどころか、更に瑶子を責め立てる。今はもう頼経が少し動いただけで、彼を飲み込んだ蜜壺は痙攣してしまう。膣の中が敏感になりすぎて、もうずっと小さな絶頂を絶え間なく繰り返しているような状態になってしまっていた。
 頼経の方にも余裕がなくなったようだ。彼が瑶子の中から彼自身を引き抜いた。いつものように彼が放ったものは瑶子の腹の上に落ちてくる。その一部始終を虚しい想いで見つめた。
 これも常のことで、頼経は自ら瑶子の腹に散った精を丁寧に手ぬぐいで拭き取ってくれる。将軍自らがここまでするとは信じられないが、几帳面で優しい彼らしい配慮ではあった。 
「酷い」
 瑶子の呟きに、頼経がハッとしたように彼女を見た。
「済まなかった。また私が暴走しすぎてしまったようだ。そなたがあまりに可愛いから」
 つと髪に伸ばされた手を瑶子はよけた。頼経が愕いたように眼を見開く。
「それに、あの夜のこともそなたにはきちんと謝らねばならぬと思うていた」
 溜息をつく頼経に、瑶子は反射的に問うた。
「あの夜のこと?」
「私たちの初夜のことだ。あのときも途中からは半ば強引だったと思う。本当に申し訳ないことをしたと思っているよ」
 頼経は更に言いにくそうに言った。
「そなたが混乱しているのに付けいるようなことをしてしまった」
 瑶子は思わず言った。
「謝らないで下さい」
 頼経が瑶子を見る。瑶子はありったけの勇気をかき集め、ひと息に言った。
「あなたさまと真の夫婦になれて、私は嬉しく思っているのです」
 そのひと言は頼経を打ちのめした―ように少なくとも瑶子には見えた。
 頼経の唇が戦慄いた。
「私は」
 瑶子は続きの言葉を待ったが、それはついに聞くことはなかった。頼経の端正な面に浮かんでいたのは紛れもなく、聞いてはならない言葉を聞いたかのような表情だった。彼はもう何も言わず、そのまま傍らに散らばった夜着を手早く着て帯を締めると布団に入った。
 自分ひとりだけが裸でいるのも虚しい。瑶子もまた緩慢な動作で夜着を纏い布団に入った。頼経は背を向けている。
 手を伸ばせば届くすぐ近くに良人は眠っている。しかし、良人との距離は今の瑶子にとって、あまりに遠すぎた。
 頼経は瑶子を最初に抱いた夜を明らかに後悔している。
 ならば、何故、そのまま放っておいてくれないのだろう? 気に入らない女を無理して夜毎、抱く必要はないはずだ。それとも、瑶子のことが嫌いだから、閨の中でしつこく責め立てて泣かせるのだろうか? 頼経は懲らしめのつもりで自分を抱いているのだろうか。
―こんなにも好きなのに、私は頼経さまに必要とされているどころか、嫌われている。
 その想いは瑶子の心を絶望の色に染め上げた。
―私と結ばれた今でさえ、頼経さまは亡くなられた竹御所さまを想っておいでなのね。
 愛される妻は頼経の子をすぐに授かった。残念ながら死産だったが、その子は男児だったという。生きていれば、今はもう四歳の愛らしい盛りだろう。竹御所が産んだのは頼経の長男だった。
 竹御所と頼経が結婚したのは遡ること八年前、頼経はまだ十二歳の子どもにすぎなかった。対する竹御所は二十八歳になっており、当初、この露骨すぎる政略結婚が上手くいくとは誰も考えていなかったというのが実情だった。が、意に反して、結婚は上手く行った。
 御所の庭には寄り添い合って歩く二人の姿がしばしば見かけられ、誰もがその仲睦まじさには微笑まずにはいられなかったと今に語られている。
 この結婚がうまくいったのは、ひとえに竹御所の人柄があったからだともいわれていた。恐らく噂は真実なのだろう。若い頼経を虜にしたのは竹御所の年齢を感じさせない美貌もあったのは違いなかろうが、やはり、類い希な気性―賢く気高く優しく、誰に対しても微笑みを絶やさなかったという徳の高さだったのだ。
 しかし、その竹御所も既にいない。この世に存在しない女性に嫉妬するなんて―。ましてや、あの方はお子さまを何日もかけて苦しんで産み落とした挙げ句、儚くなられてしまった不幸なお方なのに、そんな方を頼経さまから愛されたというだけで妬ましく思うなんて、私ってば本当に最低ね。
 私はどんなに頑張っても、器量もたいしたことはないし、利口でも優しくもないもの。これでは竹御所さまに勝てるはずがない。
 いいえ、私のような小娘が所詮、竹御所さまと競うのが間違っているのだわ。こんなことなら、竹御所さまが今も生きていらっしゃれば良かった。そうしたら、私も無理に鎌倉に嫁いでくることもなく、惟章も死ぬことはなかった。
 京に帰りたい―。  
瑶子は床の中で低い嗚咽を洩らした。聞こえないように唇を噛みしめたが、隣の頼経が起きていれば聞こえてしまっただろう。
 その夜、いつもならすぐ聞こえてくるはずの頼経の寝息はなかなか聞こえてこなかった。

 翌朝、頼経はどうにも居ても立ってもおられず、御台所の居室に脚を向けた。昨夜のことが気掛かりでならない。手酷く抱いてしまった後、瑶子は泣いていた。
 どうして、こうなるのだ? 頼経は人眼がなければ、髪をかきむしりたい気分であった。千種と夜を過ごすときも暴走してしまうことはあった。欲望のままに女体を貪り尽くした後で、我に返って後悔することがままある。
 自分では特に女好きでも欲求が烈しい方だと思わない(思いたくないというのが本音かもしれない)が、もしかしたら、自分は?好き者?なのだろうか。
 だが、四年前は彼もまだ十代で若かった。若気の至りという言葉で自分を納得させていた感があるが、二十歳になった今、それが言い訳として通用するとは思えない。
 普通に考えれば二十歳という年齢はけして年寄りではない。けれど、幼くして将軍という地位につき、その重すぎる責務を背負うを余儀なくされた頼経は意識の持ち方が世の二十歳の青年とは大きく異なってしまった。