小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

華鏡(はなかがみ)~鎌倉のおんなたち・時代ロマン小説連作集~

INDEX|74ページ/106ページ|

次のページ前のページ
 

 頼経が下から突き上げてくる。その度に痛みは徐々に去り、新たな快さが彼に突かれる場所から全身にひろがっていく。
「あっ、あぁっ」
 頼経の動きが烈しさを増すにつれ、瑶子の口からもひっきりなし喘ぎ声が洩れた。突かれる度に華奢な肢体が褥の上でしなる。
 やがて瑶子は今まで見たこともない高みにまで押し上げられた。それは先刻、頼経の指戯で蜜壺を蹂躙されたときに達した心地良さとも似ているが、到底、比べものにはならない。
「―!」
 最早、叫ぶ余裕すらない極限まで追いつめられ、瑶子はついに達した。それはその夜、経験した二度目の絶頂だった。
―私はどこまで堕ちてゆくのだろう。
 それはまさにそんな感覚に等しかった。瞼の向こうで白い雪が舞っている。それは瑶子が頼経に嫁いだ夜、宵闇を舞い踊っていた純白の雪であり、惟章よりも頼経と共に生きることを選んだ運命のあの夜、風もないのに宵闇を舞っていた桜の花びらでもあった。
 やがて視界が白一色に染め上げられる。瑶子は再び夢の続きを見ているのかと思った。靄がかかったような茫漠した視界の向こうに、男の笑顔があった。
 あれは誰?
 夢の中に戻ったということは、頼経ではなく惟章なのだろうか。
 瑶子は今、夢と現の狭間をさまよっていた。自分を抱いているのが頼経なのか惟章なのか。愛しているのがどちらの男なのか。
 自分を抱いたのは確かに頼経のはずなのに、その夜の瑶子の心には良人以外の男に抱かれている倒錯的な背徳感があった。
 突風が吹き渡り、花びらのような雪が狂ったように舞い散る。今度は視界を覆い尽くすのは白い靄ではなく無数の白い花びらだった。
「嬉しい」
 やっと想う男と結ばれた。瑶子の白い頬を何故か涙がひと粒零れ落ち、生まれて初めて経験したあまりに烈しい絶頂に、瑶子は意識を手放したのだった。

 朝の光が眩しく煌めいている。瑶子は長い睫を震わせ、眼を見開いた。頼経の姿は既に隣にはなかった。特に寝坊をしたというわけでもないのに、何故、今朝に限って、こんなにも早く表に帰ってしまったのだろう。
 せめて初めて結ばれた朝くらいは、隣にいて欲しかった。後朝の名残を少しくらいは惜しみたかったのに。瑶子は淋しかった。いつもなら、この後、二人は朝食を共にすることが多いのだが、この朝、頼経は朝食にも現れなかった。
 昼過ぎにふらりと思い出したように訪れたが、ろくに話もせずに慌ただしく戻っていってしまった。その時、彼がくれた言葉が瑶子をいたく傷つけた。
「済まぬ」
 頼経が帰っていった後、瑶子は寝所に引き籠もり布団を引き被り泣いた。
―何故、御所さまは謝るの? 私たちは世にも認められた夫婦なのに、どうして私を抱いたことを御所さまは―。
 言えなかった想いは胸の奥に沈んだ。
 不思議なことに、頼経と結ばれてから、あの怖ろしい夢を見ることはふっつりと絶えた。
 初夜を迎えて以来、頼経はほぼ毎夜に渡って瑶子を抱いた。ただ、その分、今まで昼に訪れていた回数は次第に減り、しまいには夜しか訪れなくなった。今では夜を共にするために寝所を訪ねるだけで、これまでのように談笑しながら食事を取ることもない。
 瑶子にはもう一つ、気掛かりがあった。それは到底、信頼のおける菊乃どころか、実家の母にすら打ち明けられないことだ。
 頼経は夜毎、瑶子を抱く。見かけは淡泊に見える彼だが、閨の中ではなかなか執拗に身体を求めてもくる。あまりにも烈しい交わりが過ぎて、瑶子は泣いてしまうこともあった。だが、瑶子が泣けば、彼はすぐに止めてくれる。
 だから、ほぼ問題はないようなものだけれど、肝心なのは最後である。普通、瑶子が乳母や母から教えられた男女の行為というものは、必ず最後に男性が女性の中に精を放つと聞いていた。しかし、頼経はそれをけしてしない。
 大抵の場合、瑶子が極まると共に、頼経も極まるが、彼はその直前に瑶子から身を離してしまう。彼には既に何度も抱かれたとはいえ、瑶子の閨事についての知識はたいしたものではない。が、年上の女性から聞いた性の知識では、男が女の中で果てないと女は妊れないそうだ。つまり、頼経は瑶子の中に子だねを出していないことになる。
 瑶子は一日も早く頼経の子が欲しいのに、これではいつまで経っても子は授からないだろう。また私的感情を抜きにして考えても、幕府内では御家人たちが頼経の後継者たるべき男子の誕生を一日千秋の想いで待ちわびている。いわば瑶子はそのために迎えられた花嫁ではないか。
 そんなある日、若い侍女たちが噂話をしているのを偶然聞いてしまった。
 瑶子は庭を散策して帰ってきたところだった。丁度、二十歳ほどの侍女二人が居室の掃除をしていた。二人ともに御台所が廊下に立っているのも知らず、お喋りに夢中になっている。
「だから、気を付けなさいって」
「そうなの?」
 丸顔の小柄な方が大仰に愕いている。長身の面長の娘が肩を竦めた。
「当たり前でしょ、あなたは親の決めた許婚がいる身なのよ? ちゃんと気を付けて付き合わないと、許婚と祝言を挙げる前に赤児ができてしまうわ」
 何とも赤裸々な物言いではあるが、既に頼経と夫婦になった今では、二人の会話だけでほぼ何について話し合っているかは理解できた。
「そういうあなたこそ、どうしてるの? あなたは今、付き合っている男と結婚する気はないのでしょ」
 今度は丸顔の娘が言った。面長な娘はまたしても大仰に肩を竦める。
「そりゃ、向こうもちゃんと気を付けて赤児ができないようにしてるわ。彼には奥さんも子どももいるのよ。彼にも私と結婚する気なんて毛頭ないから、ちゃんと配慮はしてるわよ」
 丸顔がしたり顔で頷く。
「男って、その辺りは利口っていうか狡猾だもんね。結婚する気がなかったり子どもができて困る女を抱くときは、絶対に中に出さないものね」
 それ以上、聞いておられず、瑶子はその場から音を立てないように庭に逆戻りした。
―結婚する気がなかったり子どもができて困る女を抱くときは、絶対に中に出さないものね。
 先刻の侍女の科白が幾度も耳奥でこだまする。瑶子はかなり離れた場所まで来ると、その場にしゃがみ込んですすり泣いた。
 自分はやはり、頼経に嫌われているのだ。それも考えてみれば、当然かもしれない。良人のいる身で昔の恋人に忍び会ったり、夢の中とはいえ恋人と良人を間違えて?抱いて?とせがんだりした。
 頼経からしたら、信ずるに値しない身持ちの悪い見下げ果てた女なのかもしれないし、そう思われても仕方のない裏切りを彼に対しては犯してしまったような気がする。
 自分はやはり頼経に嫌われているのだ。彼は将軍である。だから、押しつけられた妻を仕方なく抱いているに違いない。が、良人を平然と裏切るような破廉恥な女との間に子は作りたくないから、いつも最後まで瑶子を抱かないのだ。
 ここは姫小百合が群れ咲いている一角で、奥庭の中でも瑶子のお気に入りの場所である。淡いピンクの小さなユリが慎ましく咲いているのが愛らしい。頼経と一緒に二人で見た鎌倉の海やあの日、彼が買ってくれた姫小百合の花束を今も鮮やかに思い出すことができる。