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華鏡(はなかがみ)~鎌倉のおんなたち・時代ロマン小説連作集~

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 頼嗣と結ばれたのはこの由比ヶ浜での小屋での一度きりになった。一夜草の言葉どおり、本当にただ一度だけの儚い契りであった。それでも、大好きな男はしっかりと千草の中に明日へと望みを繋げる希望の種を蒔いていったのだ。
 河越の実家で日々を送っていた千草は我が身がやがて懐妊していることを知った。千草が頼嗣の想い者であったことを知る者は多い。それゆえに、その懐妊は公にはされず、千草は屋敷内の奥深くに籠もり、そこで臨月まで過ごし、ひそかに出産した。
 そして、河越一族が滅びる寸前、燃え墜ちる屋敷から赤児を連れて逃げ延びたのであった。
 十三歳で懐妊し、十四歳になる直前に子どもを生んだ千草は今、十九歳になった。
 早婚の当時では、さして若すぎるほど若くはない。
「ねえ、母上、私の父上はとてもご立派な方だったんですよね?」
 嗣太郎と名づけた息子がつぶらな瞳を向けてくる。千草はまた砂浜にしゃがみ込み、息子の顔を覗き込んだ。ふっくらとした頬を撫で、優しく笑む。
「ええ、嗣太郎のお父上は真、ご立派なおん大将でした。でも、嗣太郎、いつも母が申し聞かせているように、お父上の話は外ではしてはなりませんよ」
「はい!」
 嗣太郎は元気よく応え、また砂浜を駆ける。
「そろそろお昼にしましょうか」
 息子に声をかけながら、千草は目まぐるしく午後の段取りを考える。今日はこれから町に出て小間物屋の喜知次に組紐を持参する。日々の糧を得るため、千草が考えたのは母菊乃に教わった組紐を売ることだった。幸いにも頼嗣と共に出逢った小間物屋の喜知次に相談したところ、その組紐がよくできているとのことで、買い上げてくれることになった。
 今は細々とその収入で母子二人が暮らしている。
 千草は空を仰いだ。
 祝言が終わって御所に帰る頼嗣を見送ったのが今生の別れになるとはよもや想像だにしなかった。
 何度も振り返っていたあの男の別れ際の表情までもが今もはっきりと思い出せる。その頼嗣も京都に追放された三年後、赤痢で亡くなったと聞く。まだ十七歳の若さだった。更には父頼経までもがそのひと月前に同じ赤痢で儚くなった。
 このときも京と鎌倉では不穏な噂が流れたものだ。
―幕府は九条はんとこの二人を都に追い返しただけでは済まず、とうとう殺しておしまいになりやしたなぁ。
 幕府によって京都へ強制送還された前将軍父子のこの不審な死に方は、ひそかに幕府による暗殺とまで囁かれた。
 頼嗣の魂は今もこの由比ヶ浜にとどまっていると千草は信じていた。彼は九条家の人だとはいえ、生まれも育ちも鎌倉だ。きっと住み慣れた鎌倉を突然離れて都では心淋しく過ごしたに違いない。
 せめて最後のときだけでも側にいてあげたかった、今も千草はそれだけが残念でならなかった。
 頼嗣はこの鎌倉を故郷だと言い、鎌倉の空と海をこよなく愛していた。だから、きっと彼の魂(こころ) はこの浜辺にいて、いつまでも千草と彼の忘れ形見を見守ってくれるだろう。
「嗣太郎、ご飯にしまょう」
 喜知次に組紐を納品する時間に遅れてはならない。千草は声を張り上げて息子を呼んだ。
 自分が思い定めたひと筋の道を信じて邁進する―、それが鎌倉の女の心意気なのだから。
 自分の人生はまだまだ続いてゆくことだろう。だから、その道の先にささやかな希望があることを信じたい。
 絶えることのない潮騒に耳を傾けながら、千草は駆け寄ってくる幼い息子を全身で受け止め、抱きしめた。 

―それは、鎌倉に生きたおんなたちの、河越氏の血を脈々と次代に伝え続けたヒロインたちの物語だ。女は男に守られるだけの弱い生き物ではない。自らが新しき生命を育み、文字通り我が生命かけて育んだ生命をこの世に送り出すという最大の使命を負って生きている。
 時は流れ、時代は鎌倉から室町、更には戦国へ、激動の歴史は常に動いてゆく。けれど、忘れないで欲しい。鎌倉という地でひたむきに生き、散っていった女たちがいたことを。
 歴史の荒波に翻弄されつつも、果敢にその荒波をかいくぐった彼女たちのことを。歴史に名を刻んだ女性も、虚しくその底に沈んでいった名もない女性も、彼女たちが悩み傷つき流した涙が、愛する女たちを生命かけて守り抜こうと戦った男たちの流した血が歴史を作っていったのだから。
 武士の都鎌倉に花ひらいた、おんなたちの物語―。
  
?もののふの都にての女君たちのものがたり、ひそかに?華鏡?と名づけたる。?
             語り手知らず

       

   (完)
 
 
 
 



   









菫(すみれ)
 花言葉―無邪気な恋、純潔、誠実、節度。

月長石―ムーンストーン、恋人たちのお守り、愛の成就。













 あとがき

 こんばんは。東です。
 去年の九月から書き続けた時代歴史ロマンシリーズ?華鏡?、これにて完結とあいなります。
 既に何度も?あとがき?で書きましたように、当初は第二話までのはずだった物語が延々と続いて第六話になりました。ここで申し上げておきたいのは、当初は実在の人物と史実をメインにした歴史物で始めましたが、第四話?雪舞夜?から史実よりはストーリー性の方を重視したために、最早、歴史ものとは言えなくなり、時代ものになりました。
 最後の最後で、歴史ものとして書き始めたために、大変困難になってきまして、第六話なんて書かない方が良かったかとも思ったりもしたんです。
 でも、私の中でのそれぞれの人物たち納得のいく形で描いて終わらせたかった、その気持ちが強くて第六話まで書き継ぎました。それでも、何とか拘ったのは歴史上の人物を描いたということでした。
 もちろん、架空の人物もたくさん織り交ぜて描いております。
 そういうわけで、ストーリーを史実や年代より重視したために、必ずしもその出来事が起きた年代どおりに描いてはおりませんことをご理解下さいませ。
 こんな形で不十分とは思いますが、精一杯心と力をこめて描きました。
 長い話を最後までおつきあいいただいて、本当にありがとうございました。第六話完結編のラストシーンの舞台は第一話の時繁と楓がめぐり逢った同じ場所に戻って終わり、この物語は幕を閉じます。
 次回作は二年ぶりに舞台を韓国に戻して、新規オリジナル作品に挑戦しようと思います。あくまでも予定―笑
 私はこの物語を書いて、このようなことを感じました。歴史というのは本当に生身の人が流した涙と血で作られているんだな、と。
 たくさんの人が悩み傷つき、もがきながら、それでも懸命に人生を生きた証、有名人物も名も残さず散っていった人も、すべての人の人生が織りなす一枚の壮大なタペストリーが歴史ではないでしょうか。
 そういうタペストリーを織りなす一人一人の人生をこれからも心を込めて描いていけたらなと改めて考えています。

     東 めぐみ拝
   
二〇一五年二月一日  春を待ちながら―
 

 
   
 
   
  
   


華随想〜鎌倉ロマンシリーズ完結に当たって〜