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華鏡(はなかがみ)~鎌倉のおんなたち・時代ロマン小説連作集~

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「二夜草―。一夜ではなく、二夜なのですね」
 これは素直にその名の謂われを知りたいと思った。その気持ちが伝わったのか、頼嗣はこんなことを教えてくれた。
「互いに想いを確かめ合った男女が一夜、また一夜と重ねて、更に愛情を深めていった。そこから二夜草と呼ばれるようになったとか」
 千草は若い娘らしく、夢見るように瞳をきらきらさせて言った。
「一つ一つ夜を重ねて愛情を確かめ合った、その気持ちを花にたとえ、大切に思う心が二夜草。一夜草も情熱的な恋をなぞらえているようだし、どちらも素敵な名前です」
「ですが、頼嗣さま、一夜草という呼び名を持つ花は他にもたくさんあります。どの花も月見草や宵待草のように、夜、咲いて、朝には萎んでしまう花ばかりなのに、菫だけが違うというのも面白いですね」
 千草はそこで言葉を切り、ふっと笑った。
「そう申せば、今月の初め、頼嗣さまと町に出た時、小間物屋から櫛を頂きました。あの櫛にも菫が描かれていて、頼嗣さまが花売りのお婆さんから買って下さったのも菫でした。あの時、頼嗣さまはおっしゃいましたね」
―菫は、そなたにふさわしき花だな。
 千草の頬がうす紅くなった。
「あのときは私、折角、頼嗣さまが褒めて下さったのに、ずっと違うって頑固に意地を張り続けて。本当は、こんな私でも菫に似ていると言われて、とても嬉しかったんです。でも、素直になかなかなれなくて。意地っ張りで、ごめんなさい」
 頼嗣の整った面に優しい笑みがひろがる。まだわずかに少年らしさを残しているが、その面立ちは彼が既に大人の階段を上り始めていることを示していた。頬の幾分ふっくらとした輪郭がすっきりすれば、父頼経に生き写しになるだろう。
「私なんか、ではない。私、だからだ。千草、我にとって、そなたは、ただ一人の宝にも等しき女なのだ。千草だから、私はそなたを好きになり、欲しいと思った。そのように自分を過小評価して貶める言い方は良くない」
 その言葉を聞くなり、千草の眼に涙が盛り上がった。
「なっ、何だ、私は何かそなたを泣かせるような酷いことを申したのか!」
 狼狽える頼嗣に、千草は首を振る。
「違います、頼嗣さまがあまりにもお優しくて、その言葉が温かくて私の心に滲み込むのです。だから、泣けてきてしまいました」
 想いが溢れて言葉にするのは難しかった。それでも、何とか歓びを伝えたくて頑張った。頬が熱い。うつむいていても、頼嗣のまなざしがこちらに注がれているのが膚で判った。
 突然、千草は頼嗣に抱き寄せられた。
「千草、今ここで、私の妻になってくれるか?」
「―」
 千草は小さく息を呑んだ。流石に今日、しかも、このような場所で頼嗣に求められるのは考えていなかったからである。けれど。
 大好きな男からこんなにも真剣に求められて、断れないし、千草自身も断りたくはなかった。
 頬を染めながら頷くと、頼嗣が千草の髪に挿した菫をそっと引き抜いた。浜辺で彼自身が付けてくれた花だ。
 それを合図とするかのように千草は彼に優しく床に押し倒された。
 木の床は冷え切り、素肌には冷たい。しかし、頼嗣の膚の熱さがその冷えも直に温かさに変えてくれる。口づけを幾度も交わした後、頼嗣は唇で千草の身体中を隈無く辿った。
 千草の胸はまだ発達途上で、さほど大きくはないのが少女らしい悩みなのだが、頼嗣はまだその熟れる前の果実のような乳房をさんざん揉んで吸った。
 何故なのか、頼嗣に触れられる毎に、千草の身体は熱くなってゆき、しまいには火照りを憶えるほどにまで高められた。彼に触れられると、変な声が出てしまう。本能的にはしたないと判っているから、懸命に堪えるのだが、あえかな声はどうしても零れ落ちてしまう。
 千草のその声を聞くと、頼嗣の膚をまさぐる手は余計に烈しさを増す。いかほどの刻が経ったのか。千草には随分と長く思われる時間が経った頃、覆い被さった頼嗣が上から覗き込んできた。
「本当に良いのか?」
「―はい」
 千草だとて、もう十三、母から嫁いだ夜に迎える初夜の床では良人となった男とどのようなことをするのかは知識として授けられている。それでも、本音を言えば、怖かった。だけど、頼嗣のことを大好きだから、彼の想いを自分もこの身体ですべて受け止めたいとも思う。
 頼嗣が慎重に入ってくる。かすかな痛みに悲鳴を上げると、頼嗣が心配そうに覗き込んでいる。大丈夫というように微笑んで見せると、頷き、また動き始めた。
 痛みはふいに訪れた。それまで感じていた鈍痛とは比べようもない激痛に襲われ、千草はもがき泣いた。苦悶に喘ぐ千草の手のひらと頼嗣の手のひらがしっかりと繋ぎ合わされ、優しい口づけが額に瞳にと落とされる。
「ごめん、私も初めてだから、どのようにすれば良いのか、実は判らなかった。それゆえ、余計に痛くして、そなたを泣かせたのかもしれない」
 それからまた泣いたのは痛みのせいではない。優しい頼嗣の言葉に、余計に泣けたのだ。
「どうしたのだ、そんなに痛かったのか?」
 千草が泣いたことで、また頼嗣を心配させることになってしまったけれど―。痛みは確かに物凄かった。でも、その痛みは晴れて大好きな男と結ばれたという証でもある。嬉しくないはずがなかった。
 頼嗣の言葉から、彼もまた初めての経験であることは知れた。将軍ともなれば、年頃でもあることだし、知識として男女の行為を教えられてはいただろう。しかし、その知識というのは千草が母から授けられた程度のごく淡いものでしかないことは容易に想像できる。
 それでもなお、同じように初めての千草を気遣ってくれた彼の優しさが心底愛おしかった。その後、二人はもう一度、素肌で抱き合った。気のせいか、最初のときよりは痛みも少なく、自分の唇から洩れる声もずっと艶めいて聞こえたのは、互いに二度目で少しは慣れてきたからだろうか。
「ぁあっ―」
 ひときわ大きな声を放った刹那、千草は自分の身体から力が抜けていくのを感じた。頼嗣の身体にすんなりとした両脚を絡めて深く繋がったままの体勢で、その後しばらく二人は寄り添い合っていた。
 やがて汗に濡れた身体が乾き、膚の火照りが治まってくると、今度は一挙に冷えと寒さが襲ってきた。二人はどちらからともなく起き上がり、囲炉裏の側に寄った。
 それでも、頼嗣はまだ着物を着ようとしない。千草も裸の頼嗣に一糸纏わぬ姿で寄りかかった。パチパチと火の粉が爆ぜ、焔が燃えている。
 その焔を見つめながら、千草は静かな声音で言った。
「待ちましょう。大御所さまや執権どのが認めて下さるまで。時期は必ず来ます」
 頼嗣がハッとしたように身を起こした。
「何を言う。このようなことになったのだ、私は一日も早く、そなたと婚儀を挙げたい」
 その瞳には傷ついたよう光がまたたいている。千草はゆるゆると首を振った。
「それはなりませぬ」
「何故?」
 烈しいまなざし、強い口調。すべてはこの男がそこまで自分を強く求めてくれているということ。この情熱的な求婚を素直に受け容れられれば、どんなにか幸せなことだろう。
 だが、頼嗣を深く愛すればこそ、一歩引かなければならない、彼の想いにすべて応えることはできない。