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私の読む 「宇津保物語」  楼上 下 ー2-

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 と、頭中将に言われると、正頼と兼雅は急いで側に寄っていく。仲忠が犬宮の車を引く。

 仲忠と父兼雅が几帳を支えて犬宮を輦から降ろそうとすると,朱雀院が

「総てのことには長幼の順がありますよ」

 と、注意されたので。先ず内侍督から車を降りられる。次に犬宮の輦を寄せて下車させる。人々大勢降りてこられて車を寄せる。

 折からの夕日に几帳が透けて内侍督の姿が映し出される。犬宮も同じようにである。膝行り入る様子が玉虫が透けて見えるよりも美しかった。小さな扇をかざして膝行り入る様子を朱雀院は几帳の綻びから見て孫娘は美しいと思われた。

 内侍督は見るところほっそりとして艶めいて、ああ清楚な人だな、と口に出る様な方である。目には廿才過ぎたばかりに見えて、裳の裾より長い髪は光沢があり末の方も揃って煩くないほどの量である。女房に付き添われて膝行り入るのを正頼は几帳の隙間から見て、

「なんと、素晴らしい女だ、仲忠の妹と言っても良いほどである。仁寿殿に容姿、感じも勝れている。自分が若ければこんな美人を放っておくようなことはしない」

 と、妬ましく思って辛かった。


 先に雇い上げた嵯峨野の四人の童は、一人は色白で舞も上手に舞、嵯峨院始めみんなが、「よう出来た童である」と、興味をもたれる。朱雀院は、

「まだ小さいのに上手に舞うものだ。私の処に連れて行って楽も舞も落ち着いて学べるようにしなさい」

 と、言われるので、正頼は、

「四人とも、仲忠の処の童であります」

 と、申し上げると、朱雀院は、

「立派に揃って、申し分のない童が居るのであろう」

 と、仰られる。宮達や大臣その他大勢が四人の童に興味を持ってみる。階の側近くで童達は舞うのであろう。
「こう幼くてこれだけ上手く舞う者は居ない」

 と、褒めて、左右の大臣は袙を脱いで与えようとすると御子達、殿上人も同じように脱いで与えようとすると童は舞の途中で逃げ出してしまったので「あの子を掴めよ」と呼び止めるが恥ずかしがって戻ってこないので、人々は困ってしまって仲忠に、

「誰の子供であるのだ」

「しかじかの者の兄弟で御座います。田舎者ですので、このような態度をしまして」

 と、申し上げた。宮達に上達部は、

「そうであれば無理もないことで、時持ちは田舎者でも大層すっきりしていた人だからだろう。声も中々良かった」

 と、言って側に呼ぶと参った。

「笛もよく吹きます」

 と。、仲忠が紹介すると、

「それはよいことである」

 と、笛を与えられた。四人揃って言われた笛の曲なら総て吹く。まだ小さいのに愛敬よく笛の才能は見事であるので、院の皇子達が、我も我もこの童が欲しいと互いに奪い合われるので、左大臣の正頼は、春宮の弟宮二人も笛を吹くが、この童達より勝れていなくても大事になさる。

 せめてこの童二人を宮達にと思いになるが、同じように宮達がこの童を欲しがっておいでになるのだから、正頼は欲しいとも仰られずにいられるのを、藤壺は四人の中でも勝れている二人を、春宮と二宮に差し上げたいと思う。

 見た目が美しい童は他にもある。幼くて多方面の才能があって、宮達も相手になさるので、。嵯峨院までが、

「一人は院に仕えよ」

 と、仰るのを藤壺は羨ましく思って、一宮の御簾側に居るので一宮に、

「あの笙の笛を吹く童を春宮に差し上げたい。横笛は私に、一宮仲忠に伝えよ」

 と、一宮が仲忠に伝えたので、仲忠は、

「真に結構なことで御座います」

 と、返事をする。朱雀院の五、六の宮は、

「あの童が欲しいのだが、どうすればよいのだ」

 と、仰ると七宮が、

「そう仰有っても、私が欲しいのですから、いけません」

 と、宮達の間で色々と言葉を交わされて

「では見ないでいろと言うことですか」

 仲忠
「まだ同じ様な童が四人居りますが、それらも良い童ですよ。それを差し上げましょう」

「駄目、その童は舞も出来なくて良くないから、詰まりません」

 と、言われて宮達はお互い幼い同士で奪い合いの口論をする。院の宮達は、父君に申し上げて決着を付けよう、と争うのを朱雀院は可愛いと見ておられた。


 こうして日が暮れかけたころに、朱雀院は席を立たれて下に降りられ、内侍督の几帳の処にお出ましになって、

「本当に長い間ご無沙汰してしまって、かねがね私自身でお尋ねしようと思っていましたので、今日は、昔時々聴きたいと思ったが、ままにならず、貴女が窮屈な思いをなさると思いまして迎えの車を差し向けましたが、お出でにならなかった」

 退位して気楽になりましたので、今回はと、密かに考えたこともありました。人に軽蔑されることほど、帝の立場でなくともこの上なく悔しく妬ましいことはない。例え、私の思いが解っていただけなくとも、優しい筈の琴の音ぐらいは私のために聴かせてくださっても良いと思う。こう冷淡に扱われるのは残念です」
 
朱雀院が言われるので内侍督は、
「真に恐れ多いお言葉を明けても暮れても有り難く思っていますのに、最近は犬宮や、弟宮のことを構ってやらなければなりません。それで参上しなければとは思っていますが到底出来かねています。

 琴は大層お喜びになると思いますのに、私は歳のせいできちんと弾けないと思います」

 朱雀院
「上手くごまかして言うな。このように教えています。と琴を引き寄せて弾いてくれないか。
 
 尚侍が『あのほそをの曲、三つか四つは覚えています』と言ったことは忘れてはいない。
 涼中納言が『七月七日の夜に、まだ聴いたこともない曲を演奏されました』と言っている。

 りゅうかくの調べから始めて七月七日の演奏を今夜聴かせてくれ。今後何時このような機会が訪れるか。嵯峨院はもうお年である。それがこの様にお出でになられた有り難さをよく考えた上で身を処してくれるように。

 院の方では何も気にしてはおいでにならないのだから。貴女が有り難いと思っていることを申し上げるがよい。今夜の貴女のお心掛け一つで一層よく思いになられるだろう。

 仲忠の喜びについても言いたいと思う。まだ色々気になることがある。こう申し上げることを成る程と思わないか。どうである」

 と朱雀院が仰るので内侍督は、
「本当にその通りだと思います、筋の通ることを申し上げたいと思います、そのことのお話ではないと考えておりました。

 実際琴は沢山御座いませんので、りゅうかく・ほそをぐらいで御座います。この二つは仲忠が時折お前でお弾き申し上げて、すでにお聞きになっておられると思いますが」

 と、お答えしているのを兼雅は心配そうに朱雀院を見ている。左大臣正頼が兼雅北方の内侍督に今も尚懸想の気持ちがあるのを仲忠は心許なく思っている。

 あの、りゅうかく・ほそをは、俊蔭が集めた目録には消されてあり、「西国に思ひ屈すべし」と書かれてあった、その遺稿を納めた物を見たいと何回も催促される。

 琴はとても綺麗な錦の袋に収められている。取り出してお渡しするときに何とも言えない良い香りがする。

「もう一つあるだろう」

 と院は言われる。どうとも答えられない。