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私の読む 「宇津保物語」  楼上 上ー2-

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「何とこの女房達、もう大人のくせに子供ぽいよ」

 といって、出ていった。


 仲忠は涼に
「私は、『片思いは』(当時の諺)と言ったのですよ。全く残念なことでした」

 涼は真面目に
「犬宮が大変美しくなられました。貴方は何をお考えでしょう。私の子は犬宮と同じ年頃です。御覧になればおわかりでしょう。何も心配なさることはありませんよ」

「涼の子供だから美しい子供でしょう。内侍典がちゃんと見ていて噂していましたよ」

 と言って、仲忠は涼の子がどんな子か見たいと思う。涼は仲忠に、
「そうだ、貴方はあの有名な琴の手の総てを出し尽くしてお教えになるんですって、そんなことが此の世にありますでしょうか。

 それでは、本当に誰にも一様にお聴かせにはなりますまい。ほんの一寸の間でも聴きたものです。本当に聴かせてください」

 と、心から頼むと仲忠は、
「大親友の涼にどうしてお隠しいたしましょう。大変面白いことなど有るはずがありません。嵯峨、朱雀両院、帝も奇妙なことだと聞かれて、私に仰いました。

 この一宮が居られるところ侍所は大変に騒がしく、二宮や弾正宮が忙しくお出でになり、人の出入りが激しいので、犬宮ただ一人をあそこに連れて行って、この私が教えます。

 母も病気がちでありますが、人の世話を頼んでも落ち着いては出来ないでしょう。犬宮も幼いので、はっきりとは覚えるわけにはいかないと思います。私にしても今は昔ほどに、貴方が聴きたいと思われる手は弾くこと出来ませんでしょうよ」

「それにしても、いつから京極にお移りになりますか」

 仲忠
「相撲のことは、地方が騒がしいことになっているので、今年は中止だろうと聞きました。
 もしそうであれば、引っ越しは来月中になると思います」

「もうすぐですね。では必ずきっと約束は守ってくださいね」

 と、涼はそう言って仲忠の許を去って行った。


 涼は北方に、
「大変美しい物を見ることが出来ました。仲忠を訪問いたしましたら、犬宮がこんな様子でしたよ。

 天下に知られたあて宮も今の犬宮のお年の頃は犬宮ほどでは無かったであろう。

 まあ全体としては、これほど美しい容姿は此の世では再び他で見ることが出来ないでしょう。真に不思議な姫君ですよ」

 北方
「呆れたことに、未だに犬宮をお見せにならないのはどうしたことでしょう」

「何としても言葉もないほどです。大人の年になれば、心用意して美しく見せることもできる。髪などは幼い顔であるが上品で美しい上に艶々と絹糸を縒ったように輝いている。稚児にかもじを乗せたように無心に蝶が飛んできたのを捉まえよと扇を高く上げている姿は、此方が恥ずかしくなるほど艶めいている。横から見ていてそうなんだから正面向いて相見ればどれぐらい美しいだろうか。

 仲忠が直ぐに見付けて困ったことだと乳母に言ったのであろう。

 今年は犬宮に琴を教えようと内侍督も共に京極へ移るらしい。うちの姫は、犬宮に較べて容姿はそんなに劣ってはいない。犬宮は音楽の上手な家の子孫だから、今に世の中を騒がすようになるのが少し妬ましい。幼い子に可哀相に正装させていました。

 総てのことを考えられない手法で裁いている仲忠のやりそうなことです。犬宮のような美しい賢い子供を持って、仲忠は育てる甲斐がある、とどんなに満足しているであろう」


 仲忠は涼が帰った後一宮に、
「中納言は今回の京極のことで訪ねてこられた。このように、上位の方や下の者達が喧しく、内裏でも、また外でも騒がれるから、立派に琴を弾かなければ、何とも悔しいことになってしまう。

 犬宮は生まれたときから人々は将来を期待して、色々と言ってこられたから、私は院に、今後非常の時以外は公事は致しません、と申し上げてお暇を戴いた。来月から稽古を始めようと思う。犬宮は母親の一宮から上手く離れていけるだろう。聞き分けのよい子だから。

 貴女が犬宮に会いにいらっしゃると、院や宮達が騒ぐと思いますので、せっかくの教えが無になってしまいます。

 そこで貴女をお連れしないで、犬宮一人だけを移したと、言いふらして京極の門は固く閉ざします」

 一宮
「どんなにか長く懸かることで御座いましょうね」

「どうして早く覚えることが出来ますでしょう。物事の条理をよく考えることが大切です。母は四歳から三年間、他のことは一切しないで琴に専念されました。犬宮は六歳です。だが、早く習得するでしょう。

 六歳になるまで習わなかったことは、心許ないことであります。私は祖父の遺された文書のことで朗読に時間を取り過ぎました。世の中もどうなるか分かりません。

 習得するのに一年はかかりましょう。母の在世中に、犬宮は琴を充分習うのが良いことでしょう」

「さあ、恋しくて、そんなに長い間会わないで居られないでしょうね。時々は京極へ行きますはよ」

「ご安心なさるように私が夜そちらにお伺いいたしましょう。それでご安心なさるでしょう」

「貴方には何もお会いしなくても宜しいのです。犬宮に会うのです」

 と、至極真面目に一宮は仲忠に言う。

「事の初めに大変に不吉なことを仰います。その様に仰いますなら更に、二三年はお会いになれませんよ。本当に嫌な言葉で、冗談にもその様なことは仰有ってはなりません」

 と怨みがましく言うと、一宮は、
「貴方の言われることこそ、忌々しいと思いますよ。琴を習うと言うことは大事に思う母親にも会わずに遠く離れて修練することなのですか。

 静かなところは仰るとおり、琴を習うためには大事でしょうが、一年ばかり、それはとんでも無いことで、犬宮は幼いから何の心配もなくいつまで懸かるかも知らないで私から離れている。物々しく厭わしい気持ちがします。

 少しの間人が見えたとき、彼方に離れてと言っても犬宮は心細がって私の側を離れようとはしない。一年も離れていればどれだけ淋しいと思いますでしょうか。どう思いなされますか」

 苦しそうに言うのに仲忠は、
「真にその通りであるが、何事でも心から本気で習うのが人より勝れる所以です。犬宮はまだ小さいのを気にしてはなりません。私には私なりの考えがありますから、だが、貴女のような仰り方では私は申し上げません。とにかく貴女のお心次第です。ここでは教えられません」

 と、仲忠は心から言うと、一宮も自分の情にこだわることは宜しく無いと感じて、自分も犬宮が琴の名手になることを願っているから、

「そこまで仰いますなら私も我慢しましょう。一寸だけ誰にも分からないようにして犬宮に会いに行きましょう。それでも私に琴を聴かせはなさいませんでしょうね。母上は私に何とかして心静かに聴かせようと何時も仰有ってましたよ。会いに行ったときでさえ聴かせにならないのなら、何時ですか」

「どうしてそういうことを仰るのでしょう。仕舞い頃に貴女がそっとお出でになったことを、気にしているあの方々がお知りになったらどうなります、面倒なことを仰るに決まってます。

 貴女さえも寄せ付けないでと言って、一年を静かに無事に終わらせたいのです」

 と、仲忠はやっと思い通りに事が運べると思う。