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私の読む 「宇津保物語」  楼上 上ー2-

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「まるでお話にならない犬宮の供達だな。礼装の者達がすることではない、行儀が悪い」

 と、仲忠が言うと、「本当のことで御座います」と、女房達が笑う。

 仲忠は娘の犬宮に、
「弾きたいと言っていた琴を、教えてあげましょう」

 と、言うと犬宮は嬉しいと微笑む、その姿がとても可愛らしくて美しく仲忠は見ていた。そしてさらに、

「琴を習うならば、母宮には聴かせないようにして習わなければなりません。貴女に琴を教えられる祖母君は、貴女と共に京極へお出でになりましょう」

 と、仲忠が言うと、犬宮は、

「でも、母宮がいらっしゃらなければ、私はどう致しましょう」

 父に言うと、

「それは、可哀相だけれど、琴を本当に習うときは誰にも聴かせてはなりません。父と祖母二人だけで犬宮に琴を教えるのです。暫く我慢をしなさい、上手に弾くことが出来るようになった頃には、母宮はお出でになるでしょう」

「分かりました宜しいですよ。でも、どうして母宮に隠さなければならないのですか」

「誰にでも聴いて貰える琴の演奏は、誰でも弾く手です。
 父と祖母が教える琴の手は全く違うのです。人が聴いていると本当の琴の音がしないし、聴く人が邪魔になって習うことも出来ません。

 教える場所は、母宮も叔母宮二宮もいらっしゃらない処です。とても静かで美しい眺めの処です」

「それでは乳母のちゃやも来ませんの」

「お気に入りの乳母ちゃやは、何時も側にお出でなのでしょう」

「そうすると母宮は、ちゃや乳母が羨ましいと思うでしょう」

「乳母は、琴の音が聞こえないところに居させて、お乳が欲しいと思うときに、お呼びいたしましょう」

「では、やはり母宮に当分お会いできないのでしょう」

「その様なことはほんの暫くの間ですよ」

 と、仲忠は言うが、犬宮は母の一宮に甘えているし、宮は娘を本当に愛している。娘は瞞して京極へ連れて行けるが、一宮はどんな思いになられるか。仲忠は気の毒と思うが、琴を教えるのは並々のことではないから止むを得ない。

「犬宮の御前に乳母達は揃っているか、馬が逃げるように逃げた子供達は、みんな此方に参れ」

 と、一宮の処へ仲忠は来た。一宮に、

「朱雀院には長く居ないで、嵯峨院からのお召しがありそちらに参っていました。嵯峨院の話が長くて退出が今になりました。嵯峨院は驚くほどお年に似合わないしっかりしたお言葉で話されました。

 私は嵯峨院が苦手で、色々と話されることが巧みで、どのようなことでもお見通しになられるようで、今造っている楼のことも少し大げさに聴かれているようで、色々と問われて返答に困りました。

 嵯峨院は京極が完成の後に御幸をなされると仰せでした。完成後の初めの方は喧しいことでしょう。すこししてなら静かになって趣を感じてお喜びになりますでしょう」

 と、話していると、涼中納言が訪ねてきて、
「久しくお会いしていませんからお尋ねいたしました。嵯峨院へ参上しての帰りです」

 と、女房が伝言をしてきた。

 仲忠は、
「困ったことだ、嵯峨院が琴のことを仰ったので此方へ来られたのだろう、その琴について話されるのか」

仲忠は女房に伝言を頼む、
「涼の処へ伺おうと思っていたところです。只今は、寛いだ服装ですから」

 と、伝言させて直衣に着替え南の間で対面した。

 涼
「京という同じ場所にいたら、思うようにお話が出来ると思っていましたが、そういう望みが総て外れてしまいました。

 昔お約束致しましたこと総てお忘れになったようですね。遠く紀伊に住んでいました折も、特別どうかして貴方にお会いしたいと思っていましたが、たまにお会いするときは、珍しくて限りなく嬉しく思いました。

 何時になったら一つ処で思うようにお話もし、ゆっくりと遊び事も出来るだろうと思っていました」 

 などと言ってから涼は、

「先ず、貴方が大層重大なことを思い立ちなさったことです。そのことを私にお隠しになったと思うと、ひどいお方だとどうしても言いたくなります」

仲忠
「妙なことを仰る。本当に、同じ都に住みながら思いがけないお住まいにいらしゃる慰めにも、お伺いして毎日お話をしようと前々から思っていましたが、誰かも言っているように、心静かにとはいきません。昔の気持ちは貴方が思っていらっしゃるお心同様変わりはありません。今はもう少し睦まじく思っています」

「では申し上げますが、あの京極殿の改修は世間では大変評判になってしまいました。珍しい楼をお造りになると言って、貴方と関係がない人までが、必ず何か訳があると評判にしています。

 行正や左衛門督達が京極のことを噂していたよりも明らかに、この上なく面白いことがあるらしいのに、どうして昔の友情が残っているのであれば、ほんの少しでも聞かせて貰えないのでしょうか」

 と、怨んで言うので、仲忠は、

 紀伊國の吹上が浜のはまべにて
     契りしかひはなぎさなるかは
(紀伊の国で契った甲斐はなかったと仰るのですか)

 涼は、それでは、

 吹上の浜べの契りなごりなく
かひある事はみせじとぞきく
(吹上の契りは名残なくお忘れで、大事な物はお見せ下さらないのだそうですね)

 貴方の隠し癖や否定なさるお言葉は、琴の音よりもお上手でいらっしゃる。何につけても、どうしてこうまで充分備わっていらっしゃるのだろう」

 と言って涼が笑うので仲忠もつられて笑い、
「何を貴方に隠していますか、物忘れするようになったのです。京極はあなた方が問題になさるようなことでもないです。高い物が珍しいのなら、朱雀門や幡鉾(はたぼこ、小さい旗を上部につけたほこ)なんか毎日見ているでしょう。京極は静かなところであるから、時々行って静かに業をしようと思ってです」

 などと言っていると入り日が大変に赤々と射し込んでくる所に犬宮が、白い薄物(羅)の細長に
二藍の袿を着て背丈は三尺足らず、髪は脛まで届かない。小さな扇を高く掲げて、稚児や女房三四人が付き添っている。犬宮が何と言うこともなく御簾の所に立っていると、風が御簾を巻き上げると几帳の側より顔かたちが透けて見える様子は、顔は大変に華やかに美しく見えるのを、「何と有り難いこと」誰かが言う。

 はっきりと犬宮が見えるので涼が、微笑んで犬宮を見るのを、仲忠は、

「これは大変なこと」

 と、仲忠は言って、立ち上がって犬宮の方へ行こうとすると、涼が、
「何が大変なことだ、若いときは伸び伸びと人に見られるのが美しいものです。 

 世間で騒ぐような美人でも、全く見かけたこともないと気分の悪いときは、そうは言って、たいした美人ではないだろうと思うものです。

 世の中に大層思う人が現れそうですね、あて宮のように」

 と、涼は飽かずに眺めている。

「また出てきた」

 と、仲忠は奥に入って、乳母達に、
「こういうように犬宮が人に見られた。けしからん仕業だ。犬宮の側にいないのはなんたることぞ」

 と、叱責すると、
「蝶が御簾の許に飛んできまして、子供達が、
『私が捉まえる』と騒いでいるのを御覧になっておられたのでしょう」

 と、乳母が言うのを