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私の読む「宇津保物語」 國 譲 中

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 北方の住まいが近くなると、実正自身が先に立って、北方の住まいに到着すると、

「先日は日が暮れかかったので急いで帰りました。今日は申し上げましたとおり、約束の日でありますからお迎えに上がりました。さあ御出立なさいませ、大変暑くて苦しい日ですが、今日が一番の吉日ですから、お迎えに参ったのです」

 北方は何か言われるのであるが、実正は聞こえず、

「何も心使いは要りません。人に見られるようなことがない静かなところです」」

 と、告げると、北方は、
「では早く袖君を連れて行ってください。私は侘びしく思い、世の中を辛いと感じて志賀に籠もりました。何処へ参りましょう」

 と、実正に言うと、
「何か思い出されたのですか。お出でになりたくないと仰るのはどういう訳なのですか」

「私がどうして参れましょう、此処よりもっと奥へ入ろうと思っていますのに。世の中を厭えばこそこうして久しい間山住まいをしていたのでございます」

「お一人でここにどうして住めましょうか。袖君の後見をなさろうと思えばこそでございましょう。この山里では袖君を住まわせることは出来ません。

 しかし三条殿も静かなことは此処とは変わりません。そのうちに,実忠も来るでしょう。この家をよく守って人に壊されないようにしなさい」

 と、言うことで実正、北方、袖君は車で三条殿に向かった。

 北方は、はしたない行動であると思うが、袖君を一人にはしておけないと共に三条殿に到着すると、大変に綺麗で、趣味深い建て方で広い、その上に調度は不足なく準備されている。

 大変に清潔である建物に入って見ると、北方は気が進まなかったが、此処にこうして暮らして行けそうだと思った。

 御座所の方は、北方のと袖君のと趣向が違っていた。大殿に客間である出居(いでゐ)がある。女房達の部屋である曹司などはよく造られてある。

 蔵には亡くなった季明が置いた布や銭があり細かい物はない。

 食事のことは実正が前に言いつけていた人たちが準備して差し上げる。

 民部卿実正は三日後に参上いたしますと、中に入らずに帰って行った。

 こうして三日過ぎに実正は、新しく宰相に任ぜられた弟の実頼と共に殿に来られて、

「新居に気持ちよくお暮らしになっておられる。もう一つのこと、実忠と共に暮らすことをどういたしましょう」

 と、問われる。食事のことなどを気を付けてするように下働きに命じる。


絵解
 この画は三条殿。

 ところで。藤壺は気分もさっぱりとしてきたが、正頼はまだ藤壺の許にいて色々と娘のために気を遣われたからか藤壺は身体に異常もなく落ち着いてしっかりとして貫禄が付いてきた。

 藤壺は綾の掻練の単衣を着て、二藍の小袿を袖を通さないで肩に羽織って寛いでいるのを正頼が見て、子息達に、

「若い者達よ、私に見習いなさい。子持ちというものは、こういう風に労って世話をするものです」

 と、言われると誰もが微笑んで聞いていた。

 宰相祐純は、
「相手によるのでしょう」

 正頼
「私の北方も、あなた達の様な恐ろしい人をこのように多くを造られたが、そうは見えない。仁寿殿も」

 と、言って藤壺の第一皇子を見ると、高貴な人たちが大勢集まって機嫌を取るので、幾日も此方に来られない。まぶしいように輝いていらっしゃるので、どんなものであろう。
誰もがこの一の皇子が皇太子になると思って、こうして集まっているのだろうが、万一皇太子にならなかったら正頼が悔しい思いをするのではないか、と思っている中に、春宮から、

「毎日如何ですか、長い間此方は悩んでいます、まだお会いできないと思うが、貴女はたいしたことがないと思うので、貴女の局まで来てはくれないか。心配であろうから子供も一緒に連れて。そこで、

 君を待つ我がごと我を思ひせば
今まで此所に来ざらましや
(貴女を待つ私のように貴女が私を思ってくれたら、今までここに来ないという筈はない)

 思うと妬ましい。貴女は退出するときも、私を瞞すようにして行っておしまいになった。こんなに私を軽く見ておいでになるから、暫く消息はしまいと思うのだが、不思議とその気持ちとは逆に恋しさは募るばかりです」


 昭陽殿
「春宮に仕えている者は誰も盗人藤壺をよく言わない。この盗人は幸いの鬼である。みんな不幸な目に遭わされている。

 春宮の妃達はみんな皇女であれ、貴族であれ、春宮にお目にかかれない。春宮は夜昼藤壺の側においでになるので、春宮の使用人達は退屈していました。

 藤壺が退出したので五宮も春宮の許へ参上して、先月から妊娠して悩んで居られる。私にも春宮から文が届けられた。

 春宮が妃達に文をお出しにならないことが、陰陽師(おんようじ)・巫(こうなぎ)・神仏もない世である。

 出来ることなら五宮は男の子を生んでいただきたい。自分こそはと幾人もの男の子を産んでいる藤壺の口を塞いで押し潰してやるように」

 と、言うと実頼宰相は
「天下の人がなんと言おうと、藤壺は時の人たちが皇太子の母となさるであろう。世間では梨壺の子供をと思うであろうが、そうは行かないだろう。

 まして五宮が懐妊なさっても藤壺の人望と言うこともある」

「まあ、うるさいことをおっしゃる。静かにしてください」

 と、昭陽殿は腹が立つ。それを実忠が聞いて、はしたない態度だと思う。 

 そこへ、長兄の実正民部卿が来て、
「先日志賀の山本の北方を訪ねてきました。父君の形見の文書もあり、

『山を下りて此方にお出でなさいませんか』
 
 と、申し上げたら、

『今更何しに移るのですか、若い人であればそうはするが』

 などど仰る。喪には充分服しておられました。

 実忠がこのように不用な人にしてしまった北方はどんなお人かと、姿をお隠しになったが、垣間見てしまい、北方は申すに及ばず袖君は美しい方でした。

 長い年月苦労をなさった上に服喪の期間で窶れておいでですが、そういう苦労をしていない人よりもずっと綺麗でした、。

 袖君は大変に可愛らしく見たところは綺麗になさっていて髪は大変に長く美しく七尺ばかり有りなさる。額の当たりは特に美しい。

 このような方を見捨てておしまいになる。何という酷い仕打ちだろう。

 美しく賢い女子は親の面目を立てるものだと言うではないか。藤壺を人の評判だけで美人と思って恋いこがれて、自分も妻子も不用な物にしてしまう、何という愚かなことよ。

 実忠が思い焦がれる藤壺に袖君は劣りはしない。

 見苦しいこと、早く立ち直りなさい」

 実忠
「昔ならそうしたでしょう。久しく行きませんから忘れてしまっています。今は妻を持とうとは考えていません。あの二人を父が遺された殿に住まわせて、面倒を見てください。私は小野へ行って暑い間過ごしてそのときのあるがままに参った方が。宜しければ時々参ります」

 実正民部卿
「どうして今、小野に帰る必要があるのですか。久しい間そうのように小野にいるのを、朝廷も人々も惜しんでくださって、私も人と話をしているときも、いつも実忠のことを思い出して、大層悲しい気持ちになります。