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私の読む「宇津保物語」 國 譲 上 ー3-

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「仲忠に優る人はいないね。一宮こそ幸福な人だと言ってもよい。見ても聞いても褒めずにはいられない立派な方を独占なさって、使用人よりも身近に従わせていらっしゃる。本当に我が儘な態度です」

 と、藤壺は大宮に言う。新宰相の故太政大臣の子供の実頼が挨拶に来た。綺麗に着飾って拝礼をして出て行く。

 近頃は藤壺の出産が今日か明日かというので、朝廷にいる以外の人が五十人ばかり集まってきた。春宮殿の人が多かった。藤壺の殿の彼方此方に座って侍していて、宰相祐純が、
「この度実忠が中納言に昇進したのを私は嬉しく思っています。時々籠もっていた小野に参上をして、なんとなく悲しそうに世間を憂いものと言っていたのが哀れに感じていましたので、自分が中納言に昇進するより嬉しいことであります。
 
 人はみんなそう思っています。右大臣の息子の仲忠が大納言になったのを、皆が当然と言っているのか、仲忠は実忠が中納言に昇進したのを喜んでいるのか」

 藤壺は聞いて、
「実忠が不遇であると父の亡き季明が正頼に言い残されたので、それを引き受けて我が子の昇進を見送って、帝に中納言を実忠にと申し上げたからでしょう。私の知ったことではありませんよ」

 祐純
「そうでもないようです。貴女が言われたことを正頼は覚えていたのであります。さもなければ、この度昇進なさることなんか、とても出来なかったことです。

 左大辨の師純は、いつも先に昇進をなさった。言うまでもなく順番でありますから私は後になるはずなのに、帝のお考えで仰せ下さったのです」

 藤壺
「そうしてみると、実忠は貴方達より優るお方だということです」

 と、笑う。

 夕暮れになる。正頼も藤壺の許に来たのに続いて実忠新中納言も来訪してきて、藤壺に消息を伝えて、正頼左大臣の前に挨拶に出る。

 正頼は、
「実忠は若く清らかであったが、修行者のような生活をして身体を酷く酷使されたが、見た目には艶めいて大変嬉しい」

 と、正頼は喜んで、装束を直し、簀の子に実忠の座を設けた。正頼は、

「お出で下さって大層嬉しいです。久しい間気にはしていまして、お会い出来なかったことを、悲しく思っていましたが、こうしてお出でになったことは、限りない喜びです。

 最近は、お宅の殿にお父上をお見舞いに上がりましたおりに、お会いできなかったことを嘆いていました」

 実忠中納言
「世の中が詰まらなくなりまして、修行でもとおもい、落ち着いた場所を見つけて久しく籠もっていましたが、父の病が重くなり戻りました.。

 全く思いがけない昇進を致しまして、。驚き喜び、ご挨拶と伺いました。

 このような役にも立たない者ですから、官位の必要はありませんが、深いご厚志と存じ上げて誠に恐縮いたしました」

 正頼
「昔から見慣れた実忠だから、少し出来の悪い我が子と同じように思っていました。しかし疎遠になったので、どうしているのかと心配をしていました。この殿には春宮に仕える藤壺が居ます。出産が間近ですので、私も此方に控えています。

 考えるところがあって、子息はもちろん娘の婿も同じ所で会って話したりするようにこの周りに住むようにしているのを、その中には左大臣になった方も居られて、このような手狭なところでは如何かという訳で、それぞれの殿に移って仕舞われたので、そのために空いたこの殿を藤壺が使っているのです」

 実忠中納言
「元々愚かな私が、この数年魂が抜けてしまったようで、本心を失い亡き父上の仰せの通り遺言のことを承りましたが、何を言われたか覚えていません。どうしてよいか分からず、そのうちに自然と気持ちを取り戻して参りました」

 正頼
「何もそのように心配をすることはない。

 正頼は子供を沢山持っていて、酷く困るような体面を汚されたことはないが、大勢の人の中で取り立てて存在を意識させるようなこともなく、音楽の集いにはやっと下賤の者が吹く草刈り笛を吹けるだけの技で、全く無欲なものです。

 辛うじて、他人様の前に出しても恥ずかしくない仲純は若死にしました。ですから、恐縮ですが、今は父君も亡くなられたのですから、頼りがないけれど正頼を父と思ってください。

 私は昔亡くなっ仲純が中納言になったと思いましょう」

 と、。正頼が実忠に言うのを聞いて、言葉が出ず涙を流し続けるのを、正頼は、

「なんと心の綺麗な純な男だ。このように涙を惜しまずに泣いて、こういう人物が山に籠もったとは、よくよくのことがあったのであろう。

 こういう気持ちで人生を送ってしまうとは恐ろしいことである。我らは本当に情けない」
 
 と、思いながら数々と話をする。

 正頼は、
「兵衛女房よ、此処にお見えになったらお会いして、と話していた昔の実忠がここに来ているよ。此方に来るように」

 と、言って奥に入ってしまったので、兵衛女房は御簾の中から
「いにしへのしづのをだまき繰りかへし
        昔を今になすよしもがな
(伊勢物語32段)

 と、申し上げたいところです」

 という声がとても近いので、実忠は。
「いや、懐かしいお声を聞きました」

 と、声のする御簾の片方の柱に寄っていき、「本当に久しぶりですね」

 兵衛
「いつになっても貴方のことは忘れませんよ。絶えず思い続けていますが。小野に離れておいでになる間に、隠遁生活にお慣れになったようで、わざと消息をしませんでしたが、本当に私は忘れていませんのに、今日になってしまいました。

 まして藤壺様が此方にお出でになってからは、実忠様が前にお住みにになっていた殿の方を見て、そのたびに昔が恋しくなりました。

 藤壺様も貴方のことをお聴きに成り、

『意外に真面目な心で有られたこと』

 と、仰っておいでです」

 実忠
「『実忠はまだ生きている。自分に深い気持ちがあった訳でもなかったのだろう』

 と言う風に藤壺様が私を御覧になっておいでだろう。ずっと思い詰めていたことを告げないで死ぬのは不安で、死にきれません。

 昔は、申し上げることさえ出来ないで、死ぬほどあれこれと惑いましたが、今は、総ての事情が変わって自分の気持ちも改まりましたので、昔のように遠ざけなさらないで、すぐ此方にお出ましいただけませんか。とお伝え下さい」

 兵衛は実忠の言葉をそのまま伝えると、母屋の御簾の柱の許に藤壺は伏せて、

「此処でもよく聞こえますよ、ずうとどうしているかと思っていましたが、お出でになって大変嬉しゅう御座います。

 さて、仰りたいことはどうぞ仰ってください。此処でよく聞こえます」

 実忠
「今は私は耳の聞こえが悪くなりました。普通であれば聞こえるはずでもよく聞き取れません。遠くてはとても」

 藤壺
「不具者という訳ですか」

 と、言う声が大変に近くで聞こえるので、珍しいことと、実忠は、
「こんな不具者に誰がなさったのでしょうか」

 兵衛は藤壺に
「此方にお出ましになられまし。父君も消息をお伝えしなさいと仰せではありませんか」

 藤壺 
「気分が悪いからです。この簾を上げてくれ」

 と、傍の几帳を外へ押し出して、少し実忠に近づく。

 実忠