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私の読む「宇津保物語」 國 譲 上 ー2-

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 とまで仰いますのよ。私にしてみれば当然あの日にそちらに伺っている、そう思うと本当に妬ましく思います。

 あの日は誰が先ずお弾きになりました。そしてどの琴を使われました」

「琴は、三条にあります琴を使われました。子供の仲忠が最初に弾きました。

 続いて仲忠の母が演奏されました。内侍督は大変しんみりと演奏されましたので、聴いている者は誰も涙を流していました。それを聴いていた私は産後の痛みや苦しみは何処かへとんで行って、起きあがっていました。

 琴の音が大変に荒々しく、恐ろしくなり、小野小町ではありませんが、

人にあはむ月のなきには思ひおきて
        胸はしり火に心やけをり
        (古今集1030小野小町)

 のように胸が詰まる思いでした」

「内侍督の演奏される琴は、一宮の感じたとおりです。かって清涼殿で演奏された夜、とても聴きたかったので、父正頼に泣いて頼んだけれど、気違いじみていると機嫌が悪く成られたが、連れて行ってくれた。

 その時に聴いたが、天上の人が誤って地上に降り立ったのではないかと思った。

 まあ、私としたことが、おしゃべりしましたね。こうは話しましたが仲忠さまの琴はまだ聴いたことがありません」

「さようで、私も仲忠の琴をはっきりとは聴いてはいません。何とかして聴かせて貰いたいと思うが、私に一向に聴かせてくれません。そうして私に、

『藤壺になら、仲忠の手を充分教えて差し上げたい。此の世ではあて宮だけが、自分の一族の手をお弾きに成られろ人である。

 不覚にも考えてもいなかった一宮を北方に迎え、藤壺への自分の気持ちが変わってしまったように思われる。残念なことである』

 と、いつも口癖のように言うのですよ」

「なんと言うことを、まさかそんなことを。夫婦なんだから、夜昼なく責めておやりなさいよ、そうすれば教えになりますよ」

「そう言うのですが聴いてくれません。

『今帝が退位なされたら、帝の御前で私の持っている曲総てをお弾きいたそうと思っている。

 御座位中に自分に賜る御寵遇に対して勿体ないと思う感謝を表すためには、今自分が持っている曲を演奏することは出来ない。帝が退位の時演奏するから、そのときに聴きなさい』

 なんて言うのですよ」

「すばらしいお考えですね。そういう時には、前もってお知らせ下さい。こっそりと貴女に従いましょう。この約束をまたお忘れにならないように。

 貴女は仲忠と長く添われ、琴を充分堪能するほどお聴きになるでしょう。なんと言って犬君の御母上ですもの」

「なんと遠い先のことを」

 藤壺と一宮は数々の話をして、

「お髪は、こっちは皆落ちてしまいました」

 お互い髪を見比べてみると、藤壺の髪が一宮より三寸ほど長かった。

 一宮
「昔は同じ長さであったのに、このように追い抜かれて」

 と言って、傍らにいる同腹の妹二宮を見ると袿の裾、髪の長さは姉妹が一緒である。

 姉妹はよく似ているが二宮の方が少しふっくらとして人懐っこい。二宮はまだ小さいが上品な容姿に髪は丈より少し長い。


 そうしていると仲忠から、檜破子、酒、椿餅などが贈られてきた。正頼からは、。梨、柑子、橘、荒巻などが贈られてきた。その他彼方此方から珍しい物が沢山届けられた。

 一宮の傍には、孫王、中納言の二女房、藤壺の傍には孫王(姉)、兵衛の二女房がそれぞれ侍している。孫王達姉妹はお互いに話をする。

 姉の孫王
「私たちの上野宮は何で此の下層の女を北方に迎えようとなさるのであろう」

 中の孫王
「言うまでも無いことです。ある時、上野宮に従ってきた人に聞いてみると。

『ある人が上野宮に、春宮に宮仕えをなさっている方を九の君だと申しています、と言ったので宮はその人を捕まえて、鞭打ちの刑を与えて暫く外出させなかったからか、それ以後言う人がいなくなった。下層の女の北方をとても大事になさっておられる」

 藤壺に仕える姉の孫王
「おかしな事を。外聞が悪い。大殿の正頼様が、このようなことをお聞きになったら、恥ずかしいことである」

 中の孫王、
「上野宮は更に何か大変なことを興すのではないか、人々は宮の行為を話題にして笑いの材料とするであろうよ。上野宮は自分の子供達に、私のようになりたいだろう。と仰っています」

 藤壺 
「何を話しているのですお前達姉妹は。一番上の姉大君が此処にいるのだから、宮のお供でなくとも時々訪ねてきなさい」

 中の孫王  
「そうは思うのですけれど、春宮の宮が此方にお出でになるとのことで、同じ事ならそのときと思っておりました。

 先日はお方(藤壺)様のことで仲忠様の殿では大騒ぎをしました。戴きましたお文を、下の者が持って参りましたが、私が居ながらお取り次ぎをしないと、大殿(仲忠)が、

『孫王、そちが不在とは聞いていなかった。どうして、持参しないのだ。もう少し考えなさい』

 いつもは物にこだわらない仲忠様が不機嫌におなりになったことは、何かお可哀相でした。そうしてお方の文を御覧になって、

『お文は、これほどのお宝は外にはない、今後このような文を貰うことはないであろう』

 と、誰も一切手を付けない御厨子に納められたと聞きました。みっともない目に遭いました」

 藤壺
「春宮殿の孫王よ、そなたの許にあるお手本を仲忠は煩わしいのにかかわらずお書きになったが、その行為の礼を書いたのです。

 私こそ心ない事を致しました。

 お手本を書かれたお方に、お文が渡らなかったことでもないのにね」

 そんな話をしていると日暮れになった。


 宰相祐純が来られた。同じように今夜の宿直の男女も参上した。蔵人少将近純は、一宮の妹二宮が参上しているので、女房の詰所の台盤所に来て、配膳の手伝いをしている。

 藤壺
「長い間しなかった合奏を今夜致しましょう。宮はいつもなさってお出ででしょう」

 一宮
「とんでもない、私も何かを致しましょう。私が一寸琴を弾きますと仲忠が、

『思いやりのない音だ、恥ずかしいね』

 と、お笑いになりますので。、琴などは見向きもしませんで放ってあります。

 さあ、今夜は仲忠に聞こえないようにそうっと合奏いたしましょう」

 と、言って一宮は琴を引き寄せた。

 かたち風という名の琴を藤壺、山守と言う琴は一宮、箏の琴は二宮、琵琶は姫宮、和琴は中の孫王、それぞれ担当の楽器を前に置いて、一呼吸をして気を静めると、藤壺と一宮が琴の調子を合わせる曲を弾く。中々よろしい。

 一宮
「不思議なこと、藤壺の弾き方の手法は私が聞いている仲忠の弾く手筋に似ている。どうして覚えられたのか」

 藤壺
「なんと恐ろしいことを。どうしてそんなことが、仲忠の琴の演奏は一回も聞いたことがありませんよ」

「どうして、仲忠の近くにいらっしゃらないのに、お聴きになったのでしょう。きっと、犬宮の生まれた日に、仲忠が喜んで弾かれたのをお聴きになったのでしょう。犬宮を産んだ私にさえ聴かせないほどですもの」

「私の琴の音からとんだ話になりましたね。夢にもこうであると仲忠には言わないでくださいね」