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私の読む「宇津保物語」 國 譲 上 ー2-

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「毎日気持ちが悩ましいまま、どうすればと思いながら心細く過ごしています。参内したいとは思います。夜になるとそう思いますが、身動きが出来ないほどで御座いますので、、こっそりと参内すると言うことはとうてい出来ることではありません。本当に宮は私にのことを、

「蔭につけつゝ(時の間も忘れることはない)」

とは、本当で御座いますか。

 思ひ出づる折しもあらじ筑波根の
ます蔭をのみ添ふる身なれば
(私を思い出す折など御座いますまい。引き歌の「君が御影に ますかげはなし」
 お気に入りの方々ばかりがお側にいらっしゃるのですもの)

とばかり悲しんでおります。

 承香殿に行かれたのは一日だけと仰いましたが、お宜しかったです。五宮はその後宮の許に上られたそうですが、その様にお慕いになっておいでになるならば、呑気に構えてはおられないでしょう」

 と、返書した。

 仲忠から藤壺に礼状の返事が届いた。

「お伺い申し上げないうちにご返事をいただいてしまいました。

 私が参上を致しましてお詫びを申し上げようと致しましたところ、只今まで帝の御前におりましたが大変気分が悪くなって急いで退出いたしまして、失礼ではありますが文にさせていただきました。

 若宮に伺候してお教えしようという気持ちがありますが、

「習字以外のことも教えて下さい」

 と、仰せですから喜んで家司、雑役にもなりましょう。
 本当に「長らえる命」ではないはかない命の我々ですから、お文のあちこちに涙の染みが見られますので、

 浜千鳥我が袖の上に見えし跡は
涙にのみも先づ消えしかな
(私の袖の上に置いて読んだお文の文字は最初に涙で消えてしまいました)

 涙のためにとうとうお文をちゃんと拝見できずに仕舞いましたよ」

 次の日藤壺は女房の孫王に髪を梳(す)いて貰った。

 藤壺の前には、孫王、兵衛、木工三女房が侍して、藤壺にお粥を持ってこられたので食事の支度をする。兵衛女房が、

「昔御覧になった箱は、先日見ますと大変哀れに感じました」

 孫王女房
「あの箱を計ってみますと、三千両になるものでした」

 兵衛
「二百両戴きました。誰彼に差し上げて、。兄は自分は受け取らなかったようです」

 藤壺
「あやしげな計算ですね」

 孫王
「計りましたら二百両よりは多くありましたが、やれやれ、この頃になって昔のことをよく思い出します。宰相実忠様が懸想されて狂われたのは、閑になりますと思い出されます」

 孫王
「このように里におられると、私共も里に下がります、世間の俗事を見るのです。内裏にばかり籠もっておいでになれば、藤壺様も私たちも淋しくなりません。

 この頃は春宮から離れておすみになっていらっしゃるが、入内以前であったらどんな事が周りに起こったでしょう」

 兵衛
「宰相実忠様の人に知れないことがあります。かってお一人で住んでおられた曹司に私をお呼びになり、それからいつ伺っても、藤壺様にこう伝えよ、あのように伝えよとだけ仰いました。少しも私に言い寄ることをなさいませんでした。今時の若い人はその様なことは出来ない。だから実忠様は聖(ひじり)におなりになられた」

 少将女房
「どうして私事を言わない人がありましょう。しかし、仰るけれど誰も信用しませんよ」

 兵衛
「私たちが近づけないほど怖かったのでしょうか。私用の話は全くなかった」

 孫王
「なと、そんな真面目な人はいませんよ」

 木工
「本当にそうですよ、兵衛だけがそう思い込んでいるだけですよ」

 この孫王女房の母の帥女房は美しく口の軽い人だから、源中納言涼がお出でになったが、冗談だと聞かれていっこうに真面目にならなかった。女の子三人、一番上は藤壺の女房、中の娘は仲忠のところの孫王、三番目の娘は涼の処の孫王、それぞれ女房として勤めている。藤壺の許で働く孫王は容貌が美しく、髪は長く身に余るほど、清らかで、男の心に染みこむような女性であった。

 仲忠が昔孫王と関係があったので、。それだけが忘れられず、身分の良い人、その子息達が孫王に言いよるが相手にしないで、藤壺の側を片時も離れなかった。

 そこで、紀伊の国にいる叔母が孫王の総てを面倒を見て、局の童、侍女、下働きまで大事にしてあげた。

 仲忠もそうっと贈り物をしてお上げになるが、一宮が北方となられてからは、その様には出来なかった。

 兵衛女房は子供っぽい可愛い女である。髪は長く身丈より一尺ほど長くて、大変なせっかちである。

 木工女房は、ふっくらとした愛嬌のある女で、髪は長く立派である。

 あこぎ女房は兵衛に似ている。容姿が綺麗で髪は一尺程長くて美しい。

 ありこ女房もあこぎ女房と同じで、美しい女房でみんなに知られている。


 三月二十八日になる。太政大臣季明が亡くなって、一ヶ月あまりになる。一宮と妹宮達一つ車に乗って五位四位の多くの供人に守られて、正頼の息子達と共に藤壺の許を訪れた。

 装束はいつもの通り、藤壺は、
「私こそそちらへ参ろうと思っていましたのに、お側を離れないお方(仲忠)がいらっしゃいますので、ご遠慮申し上げていました。お越し頂いて恐縮いたしています」

 一宮
「側を離れないとは、どうして仲忠を怖がるのですか」

「父の家に慣れていましたので、時々は知らない方ともご交際をして、閑なときにはぼんやりと思いにふけっておりましたのに、どうしたのでしょう。

 宮仕えは心が晴れ晴れとする、と誰がどうして言い出したのかと不思議に思います」

 一宮
「私の処にもいろいろな方がお出でになって,男も女も友達として、音楽を楽しんだり、物語について語り合ったり、今の境遇に慣れてしまいました。

 私から離れていった藤壺は情のない人だと粗末にあしらって文もお会いもしなかったし、藤壺も姿を見せない。

 恐ろしく恥ずかしくもあった仲忠と向かい合っていると、気が詰まって自分が何処かへ行ってしまいそうな変な気持ちになります。

 昔が恋しくなりすぐにでも参上しようと思ていましたが、やっと今日・・・・・」

 藤壺
「どうして犬宮を連れてこなかったのですか。
 そのことを先ずお聞きしたい」

「それは、仲忠がいつも自分の前に寝かせていますので」

「どうして私に隠しておられる。幼い頃には此処にいます妹たちもみんな、隠すことなく見せ合ったものです」

「犬宮はいつも仲忠の側にいますので、それで誰も近づかないからでしょう。産まれたばかりの赤子を見慣れないから、珍しく、ただ友達のようにして籠もっているのでしょう」

「何回申し上げても残念なのは、犬宮誕生の日の仲忠の琴の演奏を聴けなかったことです。是非にと思って退出をお願いしても、車の用意も命じられず、連絡の使いを出すのもお許しにならないので、本当に悔しいことでした。帝も、

『私もどうにかして位を降りて、仲忠の琴を聞きたいものだ。召しても参殿してこなければ仲忠の家に押しかけてでも琴を弾かせて聴きたい』