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私の読む「宇津保物語」 國 譲 上 ー2-

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「何か仔細があるのでしょう。身近に心変わりをした人を見たからでしょう」

 正頼
「難しいことだな。あんなに嫌がっていたのに、みんなが騒いで入内させたからかな」

「心配なさいますな。入内して、色々と考えたのでしょう。うちに帰って若い子がのんびりと琴を弾いているのを見ると、若い藤壺はどう思って見ているのでしょう」

 正頼
「いまに、犬宮に琴を習わせるようになると、藤壺は羨ましく思うだろうな」

 と、正頼はつぶやいた。

 こうして藤壺の住む町は、賑やかになる。

 遣り水の辺りに八重山吹が高く美しく咲いていた。池の畔の大きな松の木に藤が掛かって沢山咲いている。総てが春の花で、秋の紅葉の木は配置よく植樹されて、季節季節の庭花は上手く混栽されている。

 庭に引き入れた流れに岩を立てて滝のようにしたところは他所では見ることが出来ない造園である。

 涼中納言は、このようなことに興味があるので仮の住まいであるとはいえ、趣き深く造園をしていた。 

 この西の対は闇でも見えるほどに照り輝いている。世に出回っている調度品ではない特別に作らせたものだからであろう。

 寝殿は清涼殿を真似て建築してあるが、調度品が普通のあり触れた物であるので、清涼殿にはとても見えない。

 寝殿は、東西に二つに分けて東は藤壺の第一皇子とその付き人。乳母四人と童、下仕え二人づつ。

 みんな納まる場所にきちんと整えて、東の一の対を藤壺に仕える蔵人の休息所にした。彼方此方に政所やその他、侍の屯するところを設置した。

 東の二の対は、宮あこの侍従、藤壺の第二皇子、寝殿の西面は二宮の乳母たちが居住する。

 西の二の対は、二宮の警護の侍達、藤壺の侍達が居住。上の侍には四位五位の身分の高い人が多く参集して任に付いていた。

 次の対は、藤壺の親族の曹司、西の廊は、いろいろな人の曹司。門は東南にある。

 このように広いのではあるが、結果的には狭く暮らすことになる。

 宿直に来る藤壺の兄弟達は、檜破子を沢山調理して藤壺にも、女房の休憩所台盤所にも送る。

 このような時に右大将仲忠より、いろいろな色紙に書かれた手習いの手本が贈られてきた。

 手本は花の枝に添えられて、女房の孫王の処に文を添えて使者が届けて来た。文は、

「私自身でそちらにお届けするのが当たり前のことでありますが、私は、仰せごとがありました春宮のお手本を持って参内いたしますので。使いの者に頼みました。

 持たせました四巻の手本は、若宮にとの仰せでありました。お手本になるようなものではありませんが、是非にと言う仰せでありましたから急いで拵えました。と藤壺様に申し上げてください。

 そうして、
『藤壺様が要りようの表向きでない物としてはどんな手本が要るのですか、それを作ることは私にとって光栄なことです』

 と仰って差し上げてください。

 孫王女房はすぐに藤壺に差し上げた。

 藤壺が手にとって内容を見ると、黄色の色紙に、山吹に付けた手本は楷書の「春」。青の色紙に、松に付けた手本は草書の「夏」。赤の色紙は、卯の花を付けて万葉仮名で書いた文章。初めは 男手、楷書で漢字、
 
 女手、漢字の草書「阿女都千曽(あめつちそ)。

 次に男手で、放書(はなちがき)で一字一字離して書く。

 仲忠が作って藤壺に贈った手本は、同じ文字をいろいろな書き方で書いてある。

 我が書きて春に伝ふる水茎も
すみかはりてや見えんとすらん
(私が幾通りにも書いた春の字も、墨の跡と共に変わって見えるでしょう)

 女手で

 まだ知らぬ道にぞ惑ふうとからし
      千鳥の跡もとまらざりけり
(いまだに闇らい書道に踏み迷って、千鳥の跡ほども書けません)

 女手でもう一首

 飛ぶ鳥に跡ある物と知らすれば
      雲路は深くふみ通ひなん
(飛ぶ鳥にも跡があるように手習いさえすれば、遙かな雲にまで届くほどの文も書けるようになるでしょう)

 つぎに片仮名で

 いにしへも今行く先もみち/\に
      思うふ心有り忘るなよ君
(過去も現在も未来も行く先々まで思う心は変わりません。・あなたも忘れて下さるな)

 葦手で

 底清くすむとも見えで行水の
袖にも目にもたえずもある哉
(涙の川はひと処に清くすむこともなく、目にも袖にも止まらずに流れ続けます)

 と、一巻にした。

 藤壺は見て、
「お気の毒に人に見せたり教えたりするのが嫌いな仲忠が真・行・草・仮名書の女手男手という風に惜しみなくいろいろに書いて下さったこと。

 先日冗談で言ったのをちゃんと書き上げてくださって、春宮がかねてから頼んでおられたのを今日お持ちに成られた。

 この返事は私が書かなくては。使いは誰であるか」

「此処に置いてすぐに帰りました」

「気の利かないお使いだ。こういう大切な物を持ってくる使いは、仲忠はもっと選びなさいよ」

 と、藤壺は白の色紙の厚手を取って

「頂戴物のお手本は、

 玉桙の道はつねにも惑はなむ
人を訪ふとも我かと思はむ
(恋の通い路はいつもこのように間違えて欲しいものだ。たとえ目当てはよその人に通うのであっても、初めから私を訪ねるつもりだったと思うことにしよう)
     (古今集738因香(よるか)朝臣)

 私が頂きました。

 このお手本は、このようにいろいろな書体でお書きになって本当に喜んでおります。なお二人の皇子をお弟子にしていただいて、習字以外のことも教えて下さいませ。

 終わりの処でお求めになっているのは何でしょう。私以外の方に仰っておいでになるかと思うと心掛かりで御座います」

 と、墨を多く筆に含ませて大きめに書いて、

「これを、気の利いた者を使いとして、置いたらすぐに帰ってくるように」

 と言って女房に渡す。

 春宮から文が届く。

「最近は如何ですか。お文に

「夜の間にもお会い下さる」

 と、有りましたから、

「信頼していても、いつ事が起こるかも知れません」

 夜ごと夜ごとに逢いたいです。そちらへも行きたいと思うが、それはとうてい出来ないことだから、心になく辛抱いたしております。お便りに書きました五宮の処へは一日行きました。さて、

つくばねの このもかのもに かげはあれど
        君が御影に ますかげはなし
   (古今集1095)

 という歌がありますので、私は、

 筑波根の蔭につけつゝ時の間も
      思ひ忘るゝ折りのなきかな
(藤壺を時の間も忘れることがない)

 夜は気をつけてください、今貴女が此の世から消えてしまえば、子供達はどうするのかと思えば、大事をおとりに成られますでしょう」

  藤壺は使いの蔵人に尋ねられる、

「承香殿にはいつ行かれたのだ。承香殿はいつ春宮の処に何回参内されたのだ」

「一日に春宮は帝の許へ参られた。一晩だけ五宮は春宮の許に上がられた。春宮は近頃は講師の方が毎日参内されて文を読んでおられます。

 夜は夜遅くまで手習いをなさっておられます」

 藤壺は春宮に返事を書く。