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私の読む「宇津保物語」 國 譲 上 ー2-

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「父君正頼が許さない藤壺に、そんなことをしたとしたならば、今私は生きていないでしょう。藤壺を知らないで済んだら、現在も普通に出仕をしていたことです」

「このように藤壺から文が来るという嬉しいことがあれば、山に籠もるようなことはもうなさらないでしょう」

 などと実正実忠が話をしていると、春宮の使いとして三等官が昭陽殿に文を持ってこられた。喜んで文を見て昭陽殿は声を上げて、

「父上が死に際まで、

『私はお前のことを思うと心配で死ぬことも出来ない。妃として宮仕えに入内をさせたが、人並みに扱われない。私の死に行く病にさえ、気の毒だとの仰せもない。そなたを憎い女と思っておられるのではないか、だから春宮はこのような酷い目をそなたに合わせるのだ。そなたはこの先々どんなに惑い苦しむだろう』

 と、仰せになって涙ながらに薨れなされた。 

 父君よ、今日の文を御覧になれなかった事が残念です。春宮はこのように仰っておいでですから、あの世でとくとお読み下さいませ」

 と、昭陽殿は泣き叫びなさる。民部卿実正は、

「どんな内容の文であるか、お見せなさい」

 と、言われたので昭陽殿は春宮の文を渡す。

 春宮の文は、  

「季明の薨去は、聞いた直後に弔文をしようと思った。が、世間で言う忌日を過ぎてから、と思いまして弔文を出し遅れてしまいました。日が経つに連れてどんなに心細いことでしょう。もうそんなにお嘆きになることはありません。

 頼みけん人はなくとも我だにも
世に経ばいたくなげかざらなん
(力と頼んだ父上がいらっしゃらなくなっても、私がいますからあまり嘆かないでください)

 どうしたことでしょう、睦まじい筈の人に疎く思われていらっしゃるから、父君が貴女を庇っていらっしゃたので、私は控えていたのです。

 今からは父君が不満に思うだろう、という気持ちにならないで、私を信じて振る舞ってください。平和の世にあると思いなさい」

 という文面であった。春宮から昭陽殿に来た文を兄弟達は読んで、

「これはこれは困ったことである。春宮は私たち兄弟が妹を大事にしないと思っておられる」

 実忠
「なんとなんと、この実忠の心をめちゃくちゃに惑わす藤壺を、二人と無いほど寵愛なさってる」

 実正と実忠は小さい声で何事か囁いている、春宮と昭陽殿の関係を言っているのであろう。

 昭陽殿は返事を書く、

「畏まって御文を読ませていただきました。

 父の死というあきれるほどあってはならない目に遭いまして、亡き父を思って嘆き悲しんでおりましたところに、春宮の嬉しいお言葉を頂戴いたしまして、悲しみが少し癒やされました。
 さて、父は私の身を案じて夜昼嘆いておりましたが、この春宮のお文のことを、あの世の父にどうお知らせしたらよいのでしょう。

 見し世にぞかくも言はまし嘆きつゝ
死出の山路をいかで越ゆらん
(父の在世中にこういうお言葉を頂きとう御座いました。あんなに嘆いていたのですもの、どのようにして死出の山路を越えるのでしょう。とても成仏出来ずにいると思うと心配でなりません)

 今日の御文を見せたかった、と思ってしまいました。

 宮は、

『睦まじい筈の人に疎く思われていらっしゃるから、父君が貴女を庇って居らっしゃたので、私は控えていたのです』

 と仰っておいでですが、それは私が宮中で人並みに扱っていただけないことを、親や兄弟がさげすみまして、そのため考えの薄い私が腹を立てて困らせたと言うことです。

 父亡き今は何事にもそういうわけにはいきません。これから将来、宮が私をお棄てになるようなことがありましたら、父の面目を潰し、宮のお恥にも成ることで御座いましょう」

 と言う文面の返事である。


絵解
 この画太政大臣御殿。


 藤壺の文を実忠に持っていった使者の蔵人が帰ってきて、実忠の文を藤壺に渡す。丁度周りに人がいないときであったので、使者の蔵人は実忠の様子や
実忠が言ったことを詳しく藤壺に申し上げる。被物として頂いた紙に包まれた箱を見せると、藤壺は包みを開けてみる、実忠が詠った、

 此の箱は君に譲らん我が身には
今日訪ふ人に増すものぞなき

 が目について読んで、

「これは見なかったことにして」

 と言って蔵人に渡した。 

 藤壺が見た箱の中には砂金が一杯詰まっていた。
藤壺は、

「軽薄なお気持ちではないようです、言いよってきた大勢の男達にはなかったものです。いったん兵衛に渡し、兵衛が返した物を保管しておいて、ついには兵衛の兄に渡された。

「この箱は実忠が側に置いておられたのか」

「いいえ、どこか外から持っておいでになりました」

 と、蔵人は答えた。


 春宮は金銀で竹林の飾り物を造り、下手に銀の紐で口を括った餌袋のようにして、黒方(香)を土として沈木(香)で造った筍を隙間なく植えて、竹の節には水銀を露に見立てて置いて、藤壺に贈られた。文を書かれた。

「昨日と一昨日は物忌みの日であった。昭陽殿を訪れ弔問をしようと連絡をすると、特別に思慮がある人でない昭陽殿も、父の死ですこしは物事を考えるようになったのか、五宮の承香殿のことが気の毒に思う。

 承香殿の父嵯峨院がご高齢であるので、春宮が承香殿のことを余りおかまいでないことを悲しんであられる、そのことは院に済まないことであるので、近く訪れてみようと思う。だが私が五宮に惹かれていると、思いになれば躊躇します。仰せに従いましょう。

 この品は皇子達に差し上げていただきたい。そこで、

 明け行くときぬき定めぬ東雲の
老いの世までも侘びしかりしが
(独り寝の夜が明けると、美しい雲の衣を着たり着なかったりする東雲の空を眺めて侘びしく老いていくのか)

 貴女はよくお休みですか、私は夜昼貴女を忘れることが出来なくて、退出なさった後は熟睡できません。

 諸共にふしのみあかしくれ竹の 
       夜ごとに露のおきて行らん

 いつになったら帰られるのか、心細い」

 と、蔵人を使いにして届けられる。

 藤壺はまだ正頼の殿に居られた。贈ってこられた黒方の土に並んだ筍を見て、

「おかしな筍ですね」

 と言って、黒方の土を退けて沈の筍を一つ一つ取り上げた。そうして返事を書く。

「お読みいたしました。昭陽殿の仰ることは誠にその通りだと思います。五宮のことは結構に存じます。

 私が居ない間だけ気にしなさると思われても、五宮はそのうちおわかりになると思います。

『私が宮に惹かれているとお思いだと、躊躇いたします』

 了解致しております。嵯峨院が五宮のことを大変ご心配に成られていると言うことをお聞きしまして
お気の毒であります。五宮に早く御消息遊ばしませ。

 そうしてこの歌は、

きぬ/゛\の濡れて別れし東雲ぞ          明る夜ごとに思ひ出らるゝ  (泣いてお別れしたあの朝のことが夜の明けるごとに思い出されております)