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私の読む「宇津保物語」 蔵開きー3 -

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 兼雅は辺りを見回して、昔の華やかさを思い出されて言葉がなかった。只涙が止まらず袖から袖を通してびしょ濡れになるほど泣かれた。

 前にある硯を取って懐紙を出して、この様な文を残して立ち去った。中の君は、兼雅がそっと来てそっと帰ったのを知って

「私はこうした惨めな様子を見られて恥ずかしい。
どうともなるがいい。ままよ、自分ではどうすることも出来ないから、自然に任せる他はない。隠れて暮らしているのを見つけられて本当に悲しい。私は不幸で恥をかくような因縁に生まれてきたからこそ、年を経てこのような恥ずかしい思いをするのだ」

 と、転び伏して嘆く。乳母の孫の童が、

「お硯の中に、このような物が御座いました」

 中の君が取ってみると。

 ともかくもいふべき方も思ほえず
見るに涙の降るに惑ひて
(見るからに涙が雨のように降って何もかも分からなくなり、言うべき言葉が見つかりません)

 中君は、この返事をせめて何とかしなければと、このように、

 眺めつる雲井をのみぞ恨みつる
別れの人はめにも見えねど
(かっては、二人で眺めた雲井を、別れたきりお見えにならないので。一人恨んで眺めています)

 と、詠った。


 中務卿の中の君は、落ちぶれた姿を昔の男の兼雅に見られて、歌まで残されて、返歌を書いたのであるが、兼雅を追って渡せるような女房もいないので、詠った歌を手にしっかりと握りしめて寝殿の方を見るために柱に捕まって立ち上がると、中の君の目に兼雅が此方を出て東の一の対、三宮がおられるところへ向かっていた。

 女房が二十人ばかり美しい装束をして、童四人が青色の表衣に「あをし」を重ねて着ていた。兼雅を迎える。

 三宮の御座所は昔に劣らないほど立派に整頓されていて、褥を敷いて御簾の前に座っている。宮の容貌は昔と替わりがなく、綾掻練の織物の細長を着て
火桶を置いて清楚にしておいでである。炭櫃に火を起こした。台所の容器を使って昔と変わらず豊かな料理を準備をする。

 兼雅
「ここ数年朝廷からも見捨てられておられる様子で、以前は将来人並みに出世するものと考えまして、貴女への宮仕えもそれなりに尤ものことだと思っていましたが、ただいまは、私の立場もこれで止まってしまうように不甲斐ない身分でありますので、此方へ伺うのも貴女への体面に関わるような気がいたしまして、この身に合うような女のもとに籠もっておりましたが、それも私の命もそうは長くはないと思うようになりましたので、海女の小屋のような処ですが時々はお越願いたい」

 女三宮はこの頃少しも顔を出さない兼雅を恨むと言うこともなく、おおらかに、

「今では世の中はこのようにしていても送っていけるものだと思うようになりました。

 しかし、心の思うことで苦しいのは、私も四の宮(承香殿)も性格からだとはいえ落ちぶれて、世の噂は

『親の帝后の面目を潰した』

 と、広まるので参内することも出来ず長年悲しみ嘆いていました。昔は、

『暫くの事だ』

 と、仰せあって、時々はお出でになったのに、と思うに付けても承香殿のことが気になります。

 だから、今はともかくもこうして捨てられたままでと、先日仲忠に申したのです」

 と、話されている間に、昔の通りの料理が兼雅の前に運ばれてきた。 

 色々と話をされた。

 仲忠は仲頼の妹の方へ向かう、簀の子の前に立っていると。

「まあ、思いも掛けないお方がお出でになる。何かのお間違えでは」

 仲忠
「皆さんが貴女のことをお尋ねでしたから、それをお知らせしようと思いまして」

「そんな人は知らないよと仰ったので、まあ、そんな気持ちだったのかと気がつきました」

 等と話しながら簾の許に几帳を立てて茵を敷いて、赤色の火桶の胴に絵が書いてあるのに炭火を入れて出された。

 仲忠は、
「もう少し近くに寄ってください。私は山に籠もられた兄君とは昵懇で、よく話を致しましたから、女の貴女でも私のことはご存じでしょう」

「法師などの知るようなお方ではありません」

「どういたしまして、大変によく存じていますよ。先日も申し上げるはずでしたが、貴女が仲頼の妹君だということを知りませんでしたから失礼を致しました。こうしてお出でになることを知りましたのでお伺いしたのです。

 このような様子を知りましたら、兄上がお気の毒になりまして、少しでもお話がしたくなりましたのです」

「兄は始終お噂申し上げていましたから、よそながら存じ上げておりましたが、兄とは疎遠なお方でいらっしゃると思っておりました」

「それは、二親をお持ちになっいるのだとお考えください。兼雅と兄上との代わりになりましょう。数の内に入らない私でも頼み甲斐はありますでしょう。

 兄君が出家なさって、北方の宮内卿忠保の娘はどうなりましたか、どちらにお出でですか」

「親の許におります。先ごろ尋ねました時は、身につまされて悲しゅう御座いました。楽しかった吹き上げの帰途を思い出しまして泣きました。

 兄君と同じように出家したいと申しているようですが、親が許さないので、心は兄と同じように思っていらっしゃるようです」

「子供がいてにぎやかで御座いましたが、男の子ですか女の子ですか、歳は幾つで、何処にいるのですか」

「女が一人十幾つで、男が二人、一つか二つ年下でございます。女の子は母親の許に、男は学習をせよと山に呼びよせたようです。兄の方は何事も兄上に勝るようでございます。弟は出来が悪いので親の兄上が厳しく指導してる様です」

 仲忠
「楽器などもとても立派な物をお持ちでした。山に持って行かれましたか」

「子供に教えるからと後から取り寄せました。女の子には教えようとは致しません。少し外に出て音楽を調べておいて、さらに山奥に入ってと。、いつも便りを寄越しています」

 仲忠
「ああ、そんな淋しいところで、どんな考えで子供と一緒に住んでいるのだろう」

 むつまじきうときと妹を振り捨てて
       山辺に独りいかで住らむ
(睦まじい人も疎遠な人も妻までも捨てて、淋しい山にどうして独りで住む気になったのであろう)

 と、詠うと妹は泣きながら

 頼みしも見えしも更に忘られで
独りは里も住み憂かりけり
(頼みにした夫兼雅も時々見えた兄も忘れることが出来ないで、独り住まいは里であっても、あってほしくない)

 妹は返歌を詠う。仲忠は、

「今日は女三宮が三条へお越しになると言うので、お迎えに上がったのです。私の住まいする所も間もなく広くなりますでしょう、そこへ貴女をお迎えしようと思っています今暫くここでご辛抱下さい。決して疎遠にされたと思われて遠くへ離れるようなことはなさいますな」

 と、言って三宮の方へ行く。

 父の兼雅は「ここに居たのか」と言って、
「左近女房や、昔を思い出してもてなさないか、私には湯漬けをご馳走しなさい」

 と言うので、おなじような金の器に湯漬けを入れておかずを綺麗に盛って出された。

 酒も出て、日が暮れて車が用意された。