私の読む「宇津保物語」 蔵開きー3 -
政所から炭火が沢山出されて、車の供人の処へ彼方此方と炭火をおこして置いて、先駆けの者、供の者達が車を立てて集まっている中に、餅や乾物を差し出し、酒樽を出して、燗をしてみんなに飲ませる。
やがって、まず童、下仕え達が添え車に乗る。
お車を車寄せに引き入れると中の君は(落ちぶれた)
「兼雅は、三宮を迎えに来たのだ、私はこの先どうなるのだろう。折角詠ったこの歌を見せることが出来ない」
と、歌をもったまま涙を流して、思い深く眺めていた。
兼雅は車が出発して暫くして中の君の許に来て、
「今日は三宮のためで、此方に来たのはついでになってしまった。そのうちに改めてお迎えに参りますから」
と、言い残して立ち去った。中の君は手にした歌を投げつけた。それを兼雅の供の者が拾って、兼雅に渡す。
兼雅は車に乗り込む、仲忠は馬に乗って車の先に立つ。この様子を見ていた者達は、
「右大将ともあろう方が、継母の宮をお迎えに参って、車の先駆けをなさっている」
と、言いながら車に乗って行列を見ている。
松明を点して焦る馬を制御しつつ先駆けする仲忠を兼雅は車から顔を出して見ている。由緒のある檳櫛毛(びろうげ)の車の簾を高く巻き上げて、車から落ちそうになるまで乗り出して見ている。
仲忠は馬を車に寄せて
「何を御覧になってお出でですか、仲忠の他に誰もいませんよ」
と、言うと、このようなときだから仲忠は、
「誰も後からは来ません」
行列は三条殿に到着した。南御殿に車を寄せて全員が下車する。今回の移動に関係した人達が皆集まってくる。兼雅はそのまま三宮の許に泊まる。
仲忠は
「今夜はこれで、明日参ります」
と、北の方(母の内侍督)に聞こえるように言う。
右大臣正頼は藤壺を迎えに行こうと、三宮を乗せてきた車をそのままを使って、糸毛車三台、黄金の車、とうきり車。童用の車、下仕え用の車、二十人ばかり、先駆けには地方から来た物は残して、京者ばかりで、五位六位でも先だって先駆けになった。
正頼は春宮が藤壺を離そうともせず里帰りを許されないので、参内して許可を得てこようと言われて、出発されたので、子供の忠純は残って、その他の子供達はみんな従った。
宮城の翔平門にある縫殿の陣を通って宮内に入る。
春宮は昼頃に予てより里下がりを申し出ている藤壺を迎えに来る車の列を見て、
「何となく気分が悪い」
と、藤壺を捕まえて離さず、そのまま寝てしまったので、正頼が参内すると、春宮は藤壺の処でお休みになっておられる、と言われて藤壺の処に入るわけにもいかず、局の下に立っておられる。
正頼の子息達はしょうがなく地面に立ちつくしていた。
正頼は何人かの人を通して藤壺に連絡を取ろうとするが、それも出来ないうちに昭陽殿女御の女房が女御に言う。
「長くお仕えしたのでもない藤壺が。、今夜やっと里帰りが出来るようです。どれだけ女御の方々をこけにされたか」
また承香殿では、下仕えや童達が、
「今宵はいい日であります。縫殿の陣の方に急に物が散ったように車が沢山北に向かって駐まっています。今夜こそ藤壺は里へ行かれるのです。百本の枝でむち打ってやりましょう」
と、騒いでいる。
当然女房達の騒ぐ声は正頼には聞こえてくる。正頼は腹が立って爪を弾いて堪えている。
「娘を持った親という者は、体のいい犬乞食だな。娘の中でも可愛いと思った子を宮仕えさせて、このような悪口を聞くとは。いっそ犬や鳥にでもやって大事にして貰った方がましだ」
と、言って立っていると、春宮はその言葉をきっちりと聞いている。
色々な人たちが
「夜が更けてきました」
と、振れ歩き、催促の言葉を女房達に言うと、
「申し上げることが出来ません」
と、答えが返ってくる。藤壺の女房である孫王の君を呼び寄せて、正頼は、
「藤壺の後ろへそっと廻って『度々退出をお願いをしてもお許しが無く、また、藤壺が思いも掛けない敵を持ったので、心配のあまりお迎えに父親が参りました』と申し上げておくれ」
「申し上げてみましょう」
と、孫王が背後からそっと滑り込むようにして中にはいると、伴寝をしていた春宮が驚いて、怒って荒々しく出ようとして脇息に躓いて倒れ、腰を酷く打ち付けて、屏風や几帳がどうっと倒れる。
孫王女房は春宮の醜態を見て暫く言葉が出ず躊躇っていたが、暫くしてから、「実は春宮がこうこうと」と、正頼に告げると、
「年寄りがこのような夜に参って、そのまま帰れますか、顕純(五男)よ、春宮に申し上げなさい。お前は春宮の亮だから蔵人で無くても春宮に申しあげられるだろう」
と、言うが、
「どうもご機嫌がお悪いようですから」
と、言って取り次ぎをしないので、正頼は機嫌を損ねるが、春宮が正頼のことを聞いて、藤壺を固く抱きしめて、藤壺に、
「貴女は私をどうしてひどくけなして、親や兄弟を引き連れてきて私を責めるのです。
すべてのことは私に申し出てから参内も退出もするべきでしょう。私に何も知らせないで親や兄弟を呼んで一緒になって私を責めようとしている。貴女を手放して私は生きてはいけない。このように無理に退出させようとするのは、もう参内させないと、みんなが思っているからであろう。このまま貴女も私も死にましょう」
と、言って藤壺をを抱いたまま横にると、妊娠五ヶ月の腹の中の方が酷く騒ぐ、藤壺はどうして良いのか、泣いてしまった。
春宮は、藤壺のお腹に何かがあると感じて、憎いけれども、可愛そうに思って抱く手の力を緩めて
「貴女が何も言わないから、懲らしめのためにしたのです。私は貴女のこととなると、どんなことでもした筈です。
このように私の心から離れてしまって、かたくなになり強情なのは、仲忠の仕業であろう。仲忠と一緒になれなかったことを大変残念だと思い込んでいるのでしょう。
親が大事にする一人っ子で、帝が二人とない程に可愛がっている皇女の婿の仲忠や、日本で名誉ある人々を、世に役に立たない人にして、天下中の人々を悲しめるためだ、貴女が美しいのは。
しかし、心は実に宜しくない」
と、春宮が言うと、藤壺は水を掛けられたように震えて汗でびっしょりと濡れて前屈みになって泣き伏した。その姿を見てさすがに春宮は怒りが納まらないが美しい姿だと思い、
「これからは私に隠すことをなさるな。お産のために退出して里に帰らねばならない、と言う事情があるのだから、もう少し辛抱をしなさい。
それでも無理に退出なさるのなら、憎みますよ」
と、春宮が言われるので、夜半過ぎに出発し暁に正頼一行は家に帰り着いた。
朝早く、親純を使者にして正頼から藤壺へ文を送った。
「昨夜は道が心配でお迎えに上がりましたが、お許しが出ないので暁に退出しました。
お許しが出れば連絡を下さい。車の用意は煩わしいことであるが、子供が二十人もいるが、そなたは、私の大事な秘蔵っ子に育てたので、早く人並みになって、光栄ある身になられるようにと思ってこれまで来ました。
作品名:私の読む「宇津保物語」 蔵開きー3 - 作家名:陽高慈雨