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私の読む「宇津保物語」 蔵開きー2-

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 かくばかり見ねば恋しき君をいかで
       知らで昔をわがすぐしけん
(こういう風に会わずにいれば恋しく思うのに、その貴女をどうして昔は知らないで私は過ごしてきたのでしょう)

 と、申し上げるのも、思い出してくださると思うからです。一方には犬宮が大変恋しいのです。犬宮を私の大事な貴女の胸に抱いてください。今朝の雪こそ寒いですよ」

 と、文を送り、
「宮のご返事が届くまでは、帝の前には参上をしない。昨日のように帝がお取り上げになって騒がれるのは御免だ」

 と、暫く登殿しない。

 帝の御前には源中納言涼、右大辨藤英、中納言忠純その他大勢が侍っている。正頼の子息達も大勢昇殿している。涼は仲忠に、

「どうして貴方は私に呼んで聞かせてくれないのか。聞こえるように少し高い声で読んで下さい。貴方は昔より私と深い契りが有るではないか。

 貴方の読む文章をお聴きしたいと思って、妻や子供の暖かい懐から離れて、こんなに寒いのに震えながら参殿していますのにその甲斐無く、一つも聴かせていただけない。

 少し高くお聴かせ願いたい」

 仲忠
「帝の仰せなので、高い声では読むことが出来ないのです。その上、長時間読み続けまして声も出なくなりました」

 涼
「それでも、昨夜は雲を貫き通すようなお声で朗読なされたのですよ。仲忠は将来の博士であると思ったほどでした。

 その学者でさえ、酒を飲んで酔っても大声を出して朗読をし、腸の千切れるほど感動をし、そのお声のありったけをお聴きいたしました。

 然し、そうしてお聴きしたのですが文字一つ覚えていません。

 一体貴方はいつもこの私を困らせられる。あの産養の宴でも私に下袴だけですねを出して走らされ、殿上人の笑いものになった」

 仲忠
「涼は感激家なのですね。ただいまも、お聴きにならないうちは宮仕えも出来ないでしょうな」

 涼
「物の底に隠すような読みはなさいますな、よろしかったら」

 仲忠
「石の唐櫃に入れましょうかな」

 藤英
「いっそ壁の中に塗り込めてしまっては」

 仲忠
「それでは、文書の著者も埋まってしまいます」


 行正中将
「『明王立政、不惟其官、惟其人』 

 明王の御代にあり得ないことです。この貴い書物が秘蔵されていることを私は承りました。尤もなことです。私のような凡俗な人間ほど情けない者はありません。誰が聞きつけたのでしょう。いっそ知らない方がましでした」

 などといろいろと言っているところへ、藤壺から
大きな、しふたい(不詳)ぐらいの瑠璃の甕に、食べ物が一盛り、瑠璃製の高杯に生もの、乾物、凹んだ皿に果物を盛って、同じく甕の大きな物に酒を入れて、銀の紐で口を括る袋に信濃梨、干し棗(なつめ)などを入れて、銀の銚子に地黄の根を煎じた汁で、もやしの粉を練った物一つを入れて、炭取りに小野の炭を入れて贈ってきた。

 殿上の者達は集まってきてそれぞれ贈られた物を取り、それぞれが贈り物を前に置いて興味深くしているところに、さらに、大きな白銀の提子(ひさご)に若菜の韲え物一鍋、蓋は黒方を大きな土器の形に作り中を穿って蓋にしていた。

 贈り物には、女房の孫王君が代筆で、このように文が付いていた。

 君がため春日の野邊の雪間分け
今日の若菜を一人摘みつる

 吸い物をこういう風に料理いたしました、熱くして召し上がってくださいますか」

 と、文を書いて小さな黄金の瓢箪を二つに割って杓子にしたもの、雉の脚を折敷に盛った物を添えて贈ってきた。 

 一同は真ん中によって大声で騒ぐので、帝は

「朝臣達は遅くに殿上して、何を騒いでいるのだろう」

 といつもの覗きの所から見る。朝臣達は台盤に料理を並べて取って食べていた。酒などが回ってきた頃に、例の童、宮はたが、雪が被さった木の枝に陸奥紙の清らかな物に書いた文を取り付けて、仲忠に

「宮からの文」

 と、高く上げて振り回す。源中納言涼がそれを見て、

「心を込めて書かれた文を、あのように軽々しく扱うのは良くない」

 大将仲忠は、 

「今日のぐらいは良しとしましょう、昨日なんか、帝に取られまして、淵と瀬の区別が付かない子供ですから困ってしまいました」

 と、言って宮はたから文を受け取り中を見る。後ろで帝もこっそり見ている。

「不安だとの仰せですが、帝の御前ばかりにお出でになるその苦労はお察しいたします。帝もこの文をご覧になられるでしょう。思い出すだろうと仰るのですか。

 かぎりなくありし昔の見えしかば
今も我にはあらじとぞ思ふ
(限りなく昔の自分が見えてきて、現在の自分は自分ではないような気がいたします)

 こう詠んでみても充分現しきれません。只今になってやっと、世の中というものが分かりかけたようで御座います。お尋ねの犬宮はあちらの懐ばかりにいます」

 と言う文章を帝はよくご覧になって、こう度々文を遣り取りするのは、別にわが娘の宮を軽く扱っていないようだ。もう暫く此処に引き留めておいて、仲忠の態度を見よう、と思い何となく安心をした。

 帝はこっそりと御座所に戻り、何も知らない素振りをしていた。

 殿上は酒が回り大声で喚き散らす者もいて賑やかである。若菜の韲え物に付いていた、孫王の代筆の藤壺の文に、返事を書かねばならない。ご飯を丸めて物を食べる翁の姿を作り、砂浜を造って据えて、そこに書き付けた。

 白妙の雪間掻き分け袖ひぢて
       摘める若菜はひとりくへとや
(袖をぬらしながら雪の間を分け入って摘んだ若菜は、一人で食べろと仰るのですか)

 熱いものを頂く時間はまだ過ぎては居ません」

 と、送った。料理も食べ果てて、仲忠は、藤壺からの贈り物をみんなで頂戴してしまったあとの食器
をそのまま集めて返そうと、孫王女房に、

「これを、全部お返しするのは、明日また頂戴したいという気持ちからです。器が御座いませんと、皆さんがお待ちになるのに間に合いませんでしょう、と思いまして」

 と、言うと孫王大きく笑って、

「空言ばかり言われて、今でも空目でご覧になっておられる」

 と、言って、
「大変立派な御厨子所の雑仕でいらっしゃいますこと。お返しになった器の中でも、いい物が一つ無くなりました。袖を解いてお探し下さい」

 と、言うと、数を読んで全部揃っているので笑う。

 仲忠、
「古い土器を一つを雑仕に上げましょう」

 とか言って、酔いつぶれて寝てしまった。

 帝が、「遅い」と言われて召集されると、仲忠は、

「涼が酒を強いましたのでつい飲み過ぎました。前後不覚で御座います」

 と、空酔いをし、空言を帝に申し上げるように言て御前に現れず。帝は休ませようとお考えになって暫くの間お召しにならなかった。


 こうして巳の刻が打ち終わって(午前十一時頃)暫くして、仲忠は、麝香を薫き物として、殊更にしつこく薫き込めたねずみ色の少し青みがかった、青鈍(あおにび)色の袴、柳襲など清楚な着こなしで登殿する、と帝は昨夜に続いて俊蔭の父が残した文書を読ませなさる。そのまま訓読して夜が来る。