私の読む「宇津保物語」 蔵開きー2-
「文は夜が更けるほど感じるものである。春宮、今夜は此処で朗読をお聴きなさい」
雪が降り出して少し高く積もりだした。灯火(御殿油)を点されて、背の短い灯台を左右に置いた。帝の前には琴、春宮の前には箏の琴、五宮は琵琶、それぞれの前に置かれた。仲忠は文書を読む。
帝がちょっと奥に入られた間に、仲忠が文章の点を直すために置いてある筆を春宮が取られて、懐紙に次のように書いて藤壺に送られた。
「今宵は、文書の朗読を聴くようにと帝の仰せで、心ならずも帝の前に伺候しております。
『心にもあらて浮き世になからへは
今宵しかるへき夜半の月かな』
(御拾遺和歌集 三条院 860)
の気持ちであります。
白雪の降ればはかなき世の中を
ひとり明かさんことの侘しさ
(瞬く間に消える白雪のようにはかない世の中なのだから、例え一夜でも独りで夜を過ごすことはなんとも侘びしくて物足りません)
せめて短い命の私達がこの世に生きる限りは、貴女と一緒にいたいものです」
と、書いて、側にいる、宮はたに渡す。宮はたは、藤壺を親と呼んで頼りにしていて、春宮のお側に仕えている(殿上童)。宮はた、が使いになって文を持って藤壺に向かう。藤壺はお返しを白い色紙に、
憂きことのまだしら雪の下消えて
降れど止まらぬ世の中はなぞ
(辛い気持ちをまだ知らない真っ白な雪は、積もるそばから下の方が消えてゆく。降っても降ってもこの世に止まらないが、その白雪に厭われるこの世の中は、一体どんなところであろう)
白雪のように、憂きことを知らぬ世の中が来るように念願します」
と、書いて宮はたに、
「帝や大将が居る前では決してこの文は渡さないこと」
と、言い含める。
宮はたは、殿上に戻って、藤壺に言われたとおり文を持ったまま春宮の後ろに控えている。仲忠が文書を朗読している最中に、帝がちょっと脇目をなさったとき、春宮は文を受け取って読む。
「藤壺は世の中を、心外な事ばかりで、疲れ、心が閉ざされるように感じて、憂い世と思っているのだな」
と、心のままに身を任せれば、人ごとに心は違うものだ、と思われて涙ぐんで、ふと春宮は仲忠を見ると、お互い目線があう。
仲忠は藤壺を思い切りはしたものの、気持ちが落ち着かず、心を落ち着かせようとするが、誤った読みを再々する。
帝は一字一句読み違わない仲忠が、急に読み違えが始まったので、これはおかしいぞと、微笑されて、仲忠を見てお笑いになる。
仲忠はわれながらみっともないことをと、思い直して読み違えた所を面白く解釈して読み直す。その読み方は大変変わって面白かった。静かに高く調子を変えて読む声は、鈴を鳴らすように高く美しい。
天空を貫くように限りなく見事である。
帝は前にある琴を弾きながら、
「この文書に与える禄はなにが良いと思う」
すかさず五宮は
「文はなんとしてもこの文書を仲忠大将に習いたいものです」
帝
「それは、難しいぞ。仲忠の文才にはとても及ばないことである」
と、笑われた。帝は、
「文才は俊蔭よりも仲忠が勝っている。不思議とこの一族は才知ある者が揃っている」
と、言われて、一夜、素晴らしい文章のあるところを読ませられて、琴などを合奏された。
一夜読み続けて暁近くなって、興味ある文面が出てきた。仲忠に読ませて帝自身も声を出して読まれる。五宮に
「お前も一緒に声を出せ」
五宮も共に朗読をする。五宮の声も見事である。春宮は朗読に参加しなかった。
そうして白々と夜が明けた。帝は春宮に
「明日はもう一日だけ此方にいらっしゃい。貴方もご満足されるだけのことはある。それをお見せしましょう」
と、帝は春宮に言って几帳を巡らせて春宮の寝所を作らせ、寝むようにされた。そうしておいて帝は奥の寝所に入られた。
五宮は台盤所に入り蔵人達に混じってお休みになた。仲忠は侍所に行くと、宮はたもついて行った。仲忠は横になると宮はたを懐に抱いて、
「姉君は大きくなられたか」
「大きくも小さくもなられません」
「髪は長いか」
「大変長いです」
「お父様は姉君をお可愛がりになられますか」
「さあ、存じません。弟宮ばかり夜昼抱いておられます」
「その弟君は、お年はいくつになられる」
」やっと立ち上がることが出来るほどです。可愛いです」
仲忠、
「どうしてお父さんは北方を大事になさらないのかね」
「さあ、わかりません。宮は南の方にばかりお出でになって、自分を他人扱いになさると言ってお泣きになったりします」
「どの宮がいいと仰るのか」
「分かりません」。
仲忠は宮はたの言うのが面白がって、
「私が上げるから心配しなさんな、藤壺の所へ行ったら、
『仲忠が次のようなことを申しました。いつも参内するのですが、暇が御座いませんのでおうかができません』
と、申し上げておくれ」
と、言う。翌朝になると、宮はたが起きると、仲忠は頭の髪を綺麗に直してやり、きちんと着物を着せて出させた。
宮はたは、藤壺の許に上がると、藤壺の女房達が、
「なんとこの子供はいい匂いをさせている。さては良い女に抱かれて寝たな」
「その通りですよ、大将仲忠に抱かれて寝ましたよ」
「いいえ、女の懐です」
宮はたは、仲忠の言ったことを藤壺に伝えると、藤壺は、
「内裏にいらっしゃると承ると、頼もしい気持ちがします。お暇の折に申し上げたいことがあります」
と、仲忠に告げるように言う。仲忠は、
「本当に非の打ち所のないお方だ」
と返答をする。藤壺は、宮はたに、
「仲忠様は何処に居られるのだ」
「清涼殿の殿上の間です」
藤壺は女房の孫王に、
「さっき相談をしたことを、今の間にするのがよいだろう」
と、話している。
一方の仲忠の許には一の宮の文が届く、中を見ると、
「昨夜はお帰りになるとばかり思っていまして、一睡も出来ませんでした。夜宿直なさるほどの重大なことでもありましたのですか、
降るかひのなかにかなからんあわ雪の」
積もれば山とならぬものかは
(降り続くということは恐ろしいものです。淡雪でも積もれば山となるのですから)
ですから、
貴方が私につれなくなさるだろうという事ばかり心配いたしております。心配をしている私以外のことをお考えなさいませぬように。暫くの事だと仰ってますから辛抱いたしております。お目もじを楽しみに」
という内容である。仲忠は
山となる雪ぞゆゝしくおもほゆる
絶えて越路のものとこそ聞け
(仰るとおり、雪が山となっては一大事です。越路では、道が絶えて会うことが出来なくなることがあるという話ですよ)
そのことを心配して一晩眠らずに夜を明かしました」
女一の宮に返事を送った。
そうしているうちにも雪が大層降ってきた。仲忠は一の宮に、
「夜の独り寝は如何でしたか。ご返事下さらなかったので、心配いたしていました。貴女の御文を無にするようなことは決してしませんのに、
作品名:私の読む「宇津保物語」 蔵開きー2- 作家名:陽高慈雨