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私の読む「宇津保物語」 蔵開きー2-

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「昨夜、宮はどうしてお返事をお書きにならなかったのでしょう。物足りなくて不満でしたよ。宿直の物戴きましたが、

 唐衣たちならしてし百敷の
     袖凍りつる今宵なになり
(どんなに慣れている宮中でも、独り寝の寒さに袖も凍ってしまいましたよ。寝具などは今夜は役に立たないでしょう)

 この寒い宿直が続くのでは、とてもたまらないと思っています。今日も代筆のご返事でしたら、本当に私を軽く扱っておられると思いますよ」

 白い色紙に書いて、綺麗に咲いた梅の花を付けて、
主殿寮司に、仲忠は、

「宿直所に私の供の者が居ます。その者にこの文を渡してください」

 と、書いた宮への文を渡すと、祐純の子供で、八歳になる、宮はた、と言うのが殿上にいて、

「私をお使いに行かせてください」

 と、言って、仲忠の文を奪い取るので、仲忠は、
「どうしてそのように仰るのですか」

 宮はた
「女一宮へのお使いだから」

「それはまた、どうしてですか」

「父(祐純)がお慕いしているお方ですから、私も」

 と、文を手にして殿上口に立っている侍に渡す。

 この光景を見ていた帝は、
「朝早くに文を送るとは、仲忠は一の宮を大事にしてくれているのだな」

 と、感じられて、昨日の御座所にお入りになり、暫くして仲忠を召し入れる。仲忠装束をきちんと直して帝の御前に現れる。

 五宮も居られる。昨日と同じように文書を読み始めると、暫くして、宮はた、が呉竹に着けた青い色紙に書かれた文を持ってくる。

「一の宮のご返事です」

 と、帝の御前というのに仲忠に渡そうとすので、

「ちょっと待って」

 と言うと、帝は

「童よ、此方へ持ってきなさい」

 と、文を取られる。仲忠は、困ったことになったと気持ちが悪くなる。帝は文を開いてご覧になる。

「昨夜代筆させましたのは、万一他人の手に渡りでもしたらと、気を遣いましたからで、軽く思う、なんてとお咎めでしたけれども。宮中にはお好きな女の方がいらして、

 消えずのみ見ゆるおもひもある物を
何か袂のこほりしもせん
(うわべは絶え絶えのように見えながら、燃える思いでいらっしゃる貴方の袖が、どうして凍りなどいたしましょう)

 実は、装束などもお届けいたしました。昨夜のはみっともない物でしたから。これは特別に仕立てた物ですから」


 一の宮は面白くお返事を仲忠に送られた。帝は娘の文を見て

「母親の仁寿殿女御によく似た筆跡だな、上品で若々しく、世話女房らしいな」

 と、思われて、読み終わった娘一の宮の仲忠宛の文を無造作にくるくると巻いて、仲忠に投げ渡した。

 仲忠は文を開いて読んで、何でもないように懐にしまい込んだ。帝は、五の宮を使いにして春宮に、

「昨日より大変珍しい文書を右大将に朗読させて聴かしてもらっている。此方にお出でになって春宮もお聴きなさい」

 と、お知らせするように言う。五宮は帝に言われると笑って立とうともせずに、

「仰せになっても春宮は参上されませんでしょう。ある所にお籠もりなさって、此方へもお出でにならず、侍所の者達が来まして、

『この一月ばかり、春宮の御前に伺候いたしません。全くお顔を拝していません』

 と、嘆いて心配しています」

 帝、
「どこへ行かれるのであろうか」

「藤壺以外に何処へ行かれましょうや」

 帝、
「皇女(嵯峨院の第五女)どうなさるおつもりだろう」

五宮、
「皇女とは今年になってまだ一度もお会いになっておられません。どの妃も春宮にお会いするのが難しいようで、どのような隙間、不和があったのでしょう。仲忠の妹、梨壺を時々お召しになられて、梨壺は妊娠なさった」

 帝、
「立派な春宮も、色好みの行動をなさるものだな。世の中は大層平穏だと思うが。古書にも

『好酒好内』酒を好み、内(だい)を好む

 とあるようにか。四人の皇女はどんな思いでろう」

「嵯峨院もお聞きになってどんなに悲しく思われているでしょう、一番可愛い御子ですから。どうして、御子達が不幸なのでしょう」

春宮に仕える他の妃の方々。
あて宮の母大宮と同じ腹の妹五の姫(嵯峨院の娘)
左大臣季明の娘(実忠の姉)昭陽殿、
右大臣忠雅の娘、
右大将兼雅の娘梨壷、
平中納言正明の三女宣陽殿

 右の妃達の中で平中納言正明の宣陽殿、右大将の娘梨壷二人が藤壺入内前までは一番ときめいて羽振りが良かった。
昭陽殿が妃の中で一番の年長者。 
妃達には子供がない。

 そういう現況の中、あて宮が参内して、このような妃達が居るのも遠慮をしないで、春宮の許に毎夜添い寝に向かう。

 たまに他の妃が添い寝の相手の時は、春宮はなかなか帳台にはいらずに、あて宮の局で遅くまで音曲遊びに興じている。(あて宮の章)


 帝、
「女三宮も可哀想なご生活をなさってお出でだ。兼雅はどう思っているのだろうか。言うならば、皇女達は独身で居る方がよい。不幸な皇女達が大勢いるので心配だ」

 と帝が仰っていると、春宮の使いが参って、

「春宮はただいま参上いたしますとの仰せで御座います」

 と帝に申し上げる。巳の四刻(午前十一時)頃になった。

絵解
 仲忠が清涼殿にいる。

仲忠の宿直所に一の宮から寝具が、台盤所より料理が届く。仲忠帝の前を辞して宿直所に居る。届いた宿直用の品を調べている。

 四位五位の者大勢が集まってきた。一同就寝する。

 午の刻ごろに、春宮が美しく清らかな装束で参殿なさった。褥を置いて帝の前に座られる。仲忠をお召しになるが、仲忠少し休むと申し出て殿上をしない。

 仲忠は装束を着替えて束帯に改め、参殿する。美しく匂うような姿で、昨日からの文書を読み始める。
 
 帝、春宮は日が暮れるまで聴いていて、夕闇が迫ってまだ灯火を点ける前に、仲忠は帝の前を下がり、蔵人に帝への伝送を頼む。

「一度退出いたしまして、明日朝早くに参殿いたしたいが、如何でしょうか」

 帝は、
「暮れ難く、明け易いこの頃、夜が最も興が湧く。退出しないで欲しい。春宮という珍客もお出でのことであるから」

 と、仰るので仲忠は大いに嘆いて、北方の宮に、文を送る。

「今朝、貴女からの文を読んで嬉しかったです。今夜はすぐに退出させてもらおう、とお許しを願うがお認めにならず、残念です。今朝のお文に、

 宮中にはお好きな女の方がいらして、

 と、お書きになっておられますが、古い過去のことではありませんか

 むかしべはきゝにしものをほどもなき
恋いにぞ袖は色燃えぬべき
(昔は聞き伝えていたのに、身近に恋をして、袖は涙で燃える色になるでしょう)

 昨日は独り寝の侘びしさをしみじみと感じましたが、今日ほど侘びしいとは思いませんでした。

 下穿きは戴きました。犬宮はどうしていますか、私が申し上げた通りにしてお出でですか」

 と、書いて送られてきた装束を返却する。

 仲忠は暗くなるまで宮の返事を待っていたが、とうとう返事はなかった。

 帝が再三にわたって召されるので、食事を済ませて仲忠は殿上した。

 帝