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私の読む「宇津保物語」 蔵開きー1-

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 仲忠は承って立ち上がり、后の宮に礼を述べに参り、それから春宮へ向かった。

 まず春宮に昇進の礼を述べると、藤壺も居られるからと宮の前を離れて藤壺の許に向かい、女房の孫王の君を通して、昇進のことを告げる。伝言は、

「久しくご無沙汰申し上げましたが、今日は昇進の慶びを申し上げに参りました。すでにお聞き及びのことで御座いましょう、珍しいことではありませんでしょうが」

 と、告げさせると、藤壺は、
「この二三年近衛司にお勤めと伺っておりましたが、今度も転勤なさらなかったことを嬉しくお祝い申し上げます。結構なお話だと存じますが、これから先も今日のようなお喜びがありますようにお祈りします」

 藤壺は孫王を通じて仲忠に言われた。

 仲忠
「今日のような慶びはいつまで経っても来そうもないと仰るようですね。そういう風に、私のことなどお忘れになっておしまいでしょうな」

 孫王
「何方のせいでしょうかしら」

 仲忠
「貴女以外の方々のお耳にもそんな噂が入っているのですね。貴女への私の心は変わらないのに、どうして冷淡なのです」

 孫王
「今更そう仰ってもどうにもなりません」

 仲忠
「昔を思い出しなさらないか、すべてを忘れないままに。
 さて、春宮のお気持ちは如何でいらっしゃる」

「昔とお変わりは御座いません、今特に良くなったということも御座いません。藤壺に睦まれておいでになります。不快なことがいろいろと聞こえてきますので、ご不満で、藤壺は、

『退出して里で晴れ晴れしたい』

 と、申し上げるのですが、春宮のお許しがないので、藤壺は夜昼不機嫌でいらっしゃいます」

「不機嫌な気持ちの中には、梨壺も心安からずと思し召しでしょう。これを思うと仲忠もお側近くには居られない気持ちです」

 孫王
「いいえ、そのことだけは少しも仰いませんで、春宮はお二方を隔てるというご様子もなく、梨壺を時々宮の処にお召しになります。昼も春宮が藤壺にお出でになることがあり・・・・・・気の重くなることばかりでいらっしゃいます」

 仲忠
「私自身の慶びよりも、藤壺が上手く渡って自分の慶びになさいませ」

 と、立ちながら言うと、御簾の中に春宮が立っていて、仲忠を見て、

 仲忠はそのまま内裏に向かった。
 近衛の陣に入っていくと、陣の人たちが仲忠を珍しそうに見ていた。女御や更衣の局の前を通っていくと、女御達や女房が、

「あら、珍しい人が参殿なさった。仲忠を暫く見なかったが立派におなりになった。女一の宮が、羨ましくて憎らしい。誰とはっきり他人に知らせなかったが、仲忠に言い寄らぬ女はなかったのに、浮気もおさせにならず、夫仲忠を側に寄せ付けておいでになる事よ。

 一の宮の母君仁寿殿女御は立派な方である。私たちと同じように帝にお仕えしているのだが、帝のご寵愛を一身にお受けになっておられる。娘の一の宮はこの通り、世に比類のない仲忠に二人とない女と思わせておられる。羨ましいこと。

 男の御子達はみな美しく、容貌も人が誉めるほどで、多くいらっしゃる。ただ不足と言えば、子女を妃にせず、春宮にしないと言うことだけでしょう」

 他の女房が言う、
「だけど、女御の場合は、時々他の女御達が帝の側に上がることがある。それに比べると春宮の妃の藤壺は実に偉い者です。春宮に二人妃があることさえご存じなく、ひたすら藤壺だけを御寵愛なされて何年にもなります。

 それになんと、春宮になられる筈の皇子をお持ちです。実に素晴らしいではありませんか。

 嵯峨院の四宮は夜昼お泣きになっていらっしゃる。

『昨日今日まで、おさなごとばかり思っていたあて宮が、春宮妃藤壺となり、春宮の恩寵を欲しいままにして、私がこうゆう恥をさらすとは、なんと皮肉なことだろう。
 
 そうかといって、院に帰ろうとすれば、過ちをして春宮から寄せ付けられないのだ、父院達は思われるだろう。宮仕えは気も心も落ち着くことが出来ない』

 と言っては泣いておられる。宮仕えをなさる方々は誰も彼も、いつ上から袖にされるかと、悩んでおられる。太政大臣の娘、昭陽殿は、大声で夜昼となく神のお助けを願い、神仏の加護の無いのを呪って泣き騒いでいらっしゃるのです。

 宜しくないことですが、側の誰の言葉もお聞き入れにならないそうです」

 仲忠の参内で局のあちこちで噂話が飛び交って騒がしい。

 仲忠は蔵人達に昇進の慶びのお礼を帝に伝えるように仕向ける。帝は、

「仲忠の昇進は事実になったからな。もっと近くに寄りなさい」

 と、仰せになったので、礼舞をして階段を上がり帝の側に侍す。帝は暫く無言で仲忠を見つめておられて、

「私の娘はそんなに悪くも無かろう、と思って仲忠の許にやったのだが、見事に立派な女になったが、仲忠はどう見ているのだろう」

 などと心に思われて、暫く思いに耽っておられたが、帝は、
「どうして久しく参内しない。先日節会があり参内するかと思っていたが、来もしないから、淋しく思ったよ。他の者より娘の婿として睦まじい間柄と思っているのに、上達部よりもよそよそしいではないか。遠慮して疎遠にならないで参内するが良かろう」

 と、帝が仰せになったので、仲忠大将は恐縮して

「毎日参内すべきでございますが、この二三ヶ月先祖に当たります方々が残された書物などを、誠にひどいところに放置されているのを見つけました。

 そのような状態でも人が盗んでいくということもなく、そのまま残っていましたのを、捨てるは勿体ないと取り出しました。

 詳細に書いた書物の抜き書きがありましたのを、
読み耽って世間のことを忘れておりました」

 帝
「それは良いことだ。学問に心を込めることは、公のためにも頼もしいことである。高麗人も来年は来朝する頃だから、博士の者と言っても昔のような博学の者は少ない。藤英に取っては心細かろう。

 たいした学者も今は居ないから、そなたについては祖父君俊蔭を頼もしいことに思う。それ以外に賢いと思う者達が居ないと思っていたところに、そういう文書や記録をそなたが見つけてくれて調べているとは、誠に賢明なことである。

 いろいろな書籍は揃っているのか」

 仲忠
「全部揃っていて無い書物は有りませんでした。祖父俊蔭は筆の立つ人で、一番達筆の頃は有職でございました。その祖父が書物を読んで抄本を書いております。その抄本を読んでいました。全く詳細に書いてあります。

 それはそれで、他に大変な物を見つけました」

「どのようなものじゃ」

「清原家の古集のような物でございます。俊蔭が唐に渡ったときから、父が書き記した日記が一揃い。詩や和歌が書いてあるのが一揃い。死ぬ日まで日にちを記して、書き付けてありました。俊蔭が帰朝するまでに作った詩や和歌や日記がその中にございました。それらを見ますと大変悲しゅうございます」

 春宮
「なんと優れた人より勝る人であるな。将来何になろうとしてこうも立派なのだろう。

 こういう姿を世の親達は大層恐ろしいほど優れている人と見るのであろう。

 藤壺そなたが、この仲忠との昔のことを思い出すのかな、突然、何となく不機嫌になる、そして私を憎く思いになる。