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私の読む「宇津保物語」 蔵開きー1-

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 今はもう犬宮も生まれたので、あて宮を想ったこともあったなと言う、過去のことになってしまいました。貴女のお心が冷たかったなら昔よりもっと辛い毎日になったでしょう。

 私はあて宮から誠実さが無い者と思われるのが何とも恥ずかしくお気の毒で、こうしていても生き甲斐がないのです。

 源宰相実忠が妻子を捨ててまでも、あて宮をお慕いになったのも、今となっては取り立ててどうと言うこともないらしい。

 あて宮と一番お親しかった間柄の貴女と、このように一緒になったのも幸いなことでした。物事を知らなかった昔ならいざ知らず、今は世の中のこと、物の哀れを知ったので、機会があるときは何かと申し上げて、自分を慰めて下さい。

 あて宮以外の人では何の甲斐もないのです。
あて宮は近く退出されますでしょうから、今申したことを必ずお伝えください」

 一の宮
「仰るとおり、あて宮と関係した男の方は気が狂ったようですから、仲忠様もその中の一人ですね」

「何も心配なさることはありません。今は仮に天女が居てもそちらに目を向けることはありません。ただ、このような間柄ですので、かっては、そのような気持ちもありましたが、疎遠になるようなことはしたくないと思うだけです。

 貴女を知り染めた頃に、他の男が貴女を奪ったとしたら、同じように憤ると思いますよ」

「仲忠様は、変わった心の変化をなさいますね、あて宮は私でさえ、一緒に住んで大きくなったので、別れ別れになったときは大層悲しくて泣いてばかりいました。

 私たちはどの間柄でもないのに、仲頼みたいに出家をしてしまうなんて、見苦しいことと思います」

「それは不吉なことです。まあ見ていなさい。必ず宮が納得するように致しますから」

 と、仲忠は一の宮に言って、就寝した。

 正頼は大宮に
「犬宮はどうだろうね」

「立派に大きくなるでしょう。一の宮も体も頭もよく大きくなられたが、犬宮が大きくなられる道筋は少し違うように感じられました」

「父親の仲忠が、人が驚くほど犬宮を可愛がるのは、どんな大人になるように考えているのだろう。長生きしてその様子を見たいものだ」

 
 そうして、正頼も自分ながら老いたものだ。
 慎んだ方がよい、と占い師も言う。大将の位を辞職する。  

 辞表は一度返されたが再度、帝に奉った。二度目の辞表も受理されなく返された。

 正頼は右大辨季房を呼んで、
「このように帝に辞職を申したのだが受けてもらえなかった。帝が真実その通りだと受けとられるような上奏文を書いてくれ。

 私の辞職の意味を帝が了解していただければ、勿論正頼一族の者に大将の位は与えられよう。

 その位の継承を私は藤中納言仲忠にと思っているので、私の心を察して、仲忠に位が行くように文面を上手く書いてくれ」

 と言われたので、正頼の前で季房は上奏文を書き上げた。正頼は出来上がった文を見て、

「上奏文は上手く書けた」

「このたびはお受け取られますでしょう」

 と、帝に差し上げた。

 しばらくして、帝から仲忠へ中納言兼大将に任命するという文がある。正頼の辞表は受理された。

 仲忠は一の宮に
「帝から中納言兼大将の命があった。その準備をみんなにさせなさい」

 と、告げている内に内裏より、唐櫃一つに、唐と日本の綾織り物、もう一つに絹を入れて、

「これは、昇進のお祝いに使いなさい」

 と、帝から一の宮に届けられた。帝にとっては長女の旦那の出世である。

 また源中納言の北方(涼の嫁の今宮)よりは、赤色の織物の唐衣、唐織物の裳、草で模様を摺り込んだ裳、綾の細長、三重襲の袴を添えた女装束五具、置口の箱三箱に畳んで入れて送ってこられた。

 彼方此方から、涼と同じように祝い物が送られてきた。正頼も祝いの準備をする。お祝いの品の中に花紋綾なども皆添えられた。

 こうして仲忠が就任の日になって、右大将は左大将に就任して、父の兼雅が左大将、子供の仲忠が兼任で右大将となる。

 慶びの日であるので、仲忠は表薄赤、裏濃いい赤の下襲(蘇枋襲)、上の袴、有るのが珍しい香で薫きしめたのを装束して、一の宮や仁寿殿女御の前に出て、自分の慶びを妻に分かつ気持ちも込めて、礼舞して仁寿殿女御や正頼北方大宮に挨拶をする。

 正頼の殿に行こうとすると、仲忠の供に、四位八人、五位十四人、六位三十人ばかり、その中には随身や先駆けする人や大勢いる。

 正頼の娘で婿を持っている方々の前を通って正頼の許に来ると、周りの人たちが、

「ああ、美しい立派なお方よ」

と、大騒ぎをする。仲忠は涼中納言の住まいの方を見ると、青色の簾に絹織物で縁を取ったのが家の中を遮蔽している。高欄を背にして簀の子に童が八人ほど、青色に蘇枋襲、上袴、濃い袙を着て並んでいる。

 御簾の内には四五間ほどに赤い色の唐衣それも濃いい物を着て、裾袖を御簾の下から出して並んでいる。仲忠は立ち止まって、

「涼中納言は居られるか」

「今朝内裏へ参られました」

 童が答える。

「北方にお伝え下さい。私は慶びを申し上げにきました。この度は相手が居ないと思いますが、とにかく申し上げてください」

 涼が中将のままなので、相手が居なくなったことを言う。
 そうして遣り水の側を通り過ぎると、涼の女房達が扇を叩いて、

 名取川に鮎取るおとど、と催馬楽を合唱して仲忠を野次る。仲忠はそれを見て、

「そう謡っても、私には分からないよ」

 と言って、正頼殿へ来た。
 
 左大臣兼雅に就任の挨拶をして、その後車に乗って母の内侍督が住まいをする三条殿に向かう。
 
「どうして今まで言わなかったのか。俊蔭親子が悲しんで書いた日記や詩や和歌、どんなに優れた物だろう。やはりそなたは、そういう有り難い文書を所有するように生まれてきたのだな。一時も早くみたいものだ」

「見つけてすぐに申し上げるべきでしたが、俊蔭の
父の文の序に、

『入唐で不在の間の記録は俊蔭が帰ってくるまでは他人が見てはいけない。その間霊が付き添ってこの書を護る』

 と、ありました。さらに俊蔭の遺言に

『この書は、自分は後継者は居ないし、娘などの分かる文書ではないが、二三代の間にでも後継者たる男子が産まれ来たならば、その子に譲るためである。その間霊が護るであろう』

 と、記してございます。

 そのような訳で俊蔭の遺言を護って今日まで申し上げませんでした」

 帝
「賢かった人であったから、仲忠を数代後には後継者として現れるだろうと知っていたに違いない」

 仲忠
「実際に、その文書を保管していた場所に人が近づくとみんな死んでしまっていました。その保管していた蔵を開かせましたら、蔵の近所の者達が

『なんと恐ろしいことをする人たちだ。多くの人たちが死んだと言うのに』

 恐ろしがっていました」

「仲忠がその文書を読んで聞かせても、霊はまさか祟りはしないだろう。今日はその方の昇進の日である、近衛司の者どもを慰労するのであろうから、今日はいいから、落ち着いたら家の文書などを、抄本と共に持ってきて見せなさい」

 帝は仰った。