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私の読む「宇津保物語」 蔵開きー1-

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今日の名残と人の聞きけむ
(いつもおなじように「いかいか(五十日)」とないていますのに、どうして今日が丁度五十日だとご承知になったのでしょう。「今日の名残」は、今日を名残として、明日からは「千代千代とのみ今はいはなん」帝のお言葉に従いましょう)

 誠に耳のさとい犬宮様でありますこと」


 それから、五十日餅だけでなく、いろいろな料理を膳に盛ってそれを食して、犬宮は乳母に抱かれて奥にはいた。

 大宮は弾正の宮(大宮の一姫仁寿殿の子供)に、
「どうして、時々でも北の大殿においでになりませんの。大勢孫宮がいらっしゃるが、あなた様は上品で気高いので、特別大事に思っています。それをどうして疎遠になさるのです」

 弾正の宮
「今までずっと私は数の中に入らない者と存じ上げて遠慮をして参りました」

 大宮
「どうしてここを、旅住まいのように、よそよそしくされるのです。誰も彼も貴方を婿にお迎え申し上げたく思っていますのに。お気に召すような娘はいますよ」

 三宮(弾正の宮は、大宮の娘仁寿殿の三番目の男子)
「昔から影のような存在でしたので、誰が私のような者を婿に迎えてくれますやら」

 大宮
「何でそのようにお考えになるのです」

 仁寿殿女御
「ほんとうに、ご覧のような内気な心ですので困っております。藤壺、あて宮が入内前に里にいました折、何でもないちょっとしたことを消息したのに、ご返事がいただけなかったと、それを悲しんでまるで法師のような様子で毎日嘆いて、ある時などは
『あなたが私を人に劣った詰まらない者に生んだからだ』

 と言うようなことを言うのですよ」

 大宮
「そうなの、少しも知りませんでした。
 あて宮を兵部卿宮がそういう風に仰いました。それは有ってはならない事だ、と右大将兼雅が非難しておいでだと聞きました。

 源宰相実忠が、特別にあて宮を好きであったように聞いてもいました。弾正の宮のことは全く気がつきませんでした」

 弾正の宮
「沢山お聞き漏らしになっておいでですね。随分いろいろとあて宮については事がありましたのに。その一つはあれです」

 と言って仲忠中納言を見やって、
「ここにこそ、大宮、貴女はよくご存じではありませんか。中納言がそう仰ったことを、今に思い出しになられて、ああそうであったのか、と合点がいくことがおありのはずです」

 と言うことを、大宮はほとんど知っているので、弾正の宮の話すことをおもしろく聞いていた。

 仲忠は困ったことを言い出すと気持ちが重くなった。

 弾正宮
「だからこそ、仲忠を大事になさって、私を数の中に入れてくださらなかったのです」

 大宮
「なぜ、今仰るように、そのとき、はきはき、仰らなかったのです。仰ればともかくあて宮には伝えましたのに。

 あて宮を入内させましたのですが、本人は思っていたよりも楽な勤めで無く、後見に付けようとそれなりの人をさえ、春宮はお許しにならない不快なことが多いので、いつも嘆いている、と言ってきますので、私の気持ちは落ち着きません。

 いっそ入内などさせずに気楽に暮らさせるようにしてやるはずでしたのに」

 弾正の宮(三宮)
「思いもかけないことでした。何も私のことはご心配下さらないで、あて宮をそんなにまで思っていたわけではありませんから。ただあて宮がご返事を下さらなかったことだけが、未だに心にかかって・・・・・・。

 興味を引くようなことを書いては文通をなさった人も、真実な心の持ち主とは限りませんので、私は心だけは昔のままに誠を捧げたいと思っているのです。

 何もご心配なさることはありません。入内おさせになろうとして春宮に差し上げなされた甲斐があって、春宮は他の妃に気持ちを移されるようなことはありませんので、結構なことです。

 先日春宮からお召しがありましたので、参内いたしましたついでに、藤壺のお局に参りました折りにも、大変ご満足の様子でした。

 多くの男達の心を惑わしたほどのあて宮を、
春宮が独占しておいでですから、幸福でなかったら入内した甲斐がない、というものです。

 あて宮も、ただいまは世間に慣れて、私が伺ったときも大層親しくいろいろとお話しされました。もっと早くこのようなご性格になられればよかったのに、と思いました。

 お姿もこよなく美しくなられておられました。そうは申しましても、この世で最も尊いお方春宮の妃になられて、この上なく崇めておいでで有るとお見受けいたしました」

 正頼北方大宮
「それはそうでも、始終物思いが絶えないのだから、入内前の里住みの気楽さは全くないでしょう。

 あて宮とは久しく会っていない。去年の秋ちょっと退出させてもらったと思ったら、春宮が
『私を軽く見てあて宮をいつまでも里住みさせている』
 などと大変憎らしく言われるので、私は困り果てて参内させました。

 時にふれてあて宮は宮中から退出したいと、申し出ても、そうさせて下さらないので、いつも不服に思っているようです。

 この月の晦日(つごもり)に、退出させてもらうように願っているのだが」

 仁寿殿女御
「源中納言涼の北方(今宮)の出産はいつですか」

 大宮
「それが、近いうちと聞いてはいますが、まだそういう気配も見られません。それこそお元気です。髪などもふさふさとしています。実際は今頃は身重で苦しいところなのですが。

 その今宮をかっては弾正の宮へと思っていたのですが、思いがけないことが起こりましたので」

 三宮
「今宮のことも大宮の思い通りには行かなかったのでしょう。家の事情もおありの事でしょう」

 殆ど、日が暮れるまで話し合われて大宮は自分の処に戻られた。女御の君仁寿殿もあちこちへと顔を出される。大宮は、初めてのことであるのでいつものようにきちんとして、取り乱さないようにした。

 こうして、中納言仲忠は、内に入って犬宮を抱き上げて、

「犬宮を大宮はどのように仰ったのですか。私は大勢の中に犬宮をお出しして恥ずかしく思いましたよ」

 女一の宮
「お見せしなかった、と申しておりました」

「みっともないから、というわけだったのでしょうよ」

 一の宮
「親たちよりは勝るだろうとおっしゃっておいでだったそうです」

 仲忠
「私が貴女と一緒にいるのを、そう見たのでしょうか。では、犬宮もそう捨てた者でもないですね」

「いいようにお取り下さいませ」

「内侍典が言っていたからこそ、貴女は私に伝えておきましょう、と言うことか。弾正の宮がお話になたあて宮の事こそ、そのようなことがあったのか、と気の毒に思います。

 私が貴女と今こうして此処に居なかったならば、私は平気では居られなかったでしょう。私のあて宮への恋心を忘れさせてくださったのは、貴女のお力だと嬉しく思います。他の人でしたらとても私の心を引きつけることは出来なかったでしょう。

 一緒になった初めの頃は、なんか頼りが無くて寂しかったです。此処へ参った夜までは。あの夜、貴女と初めて見合って私は貴女が、忘れられない人になりました。